+ ハパチ。 +

00/ニャーパッチ物語

 我輩はニャーである。
 …じゃない、俺の名前はニャーパッチ。
 この家で飼われている、極普通の猫だ。
 まあ、耳と鼻と口と尻尾と肉球付きの手袋をしているだけのただの首領パッチだが、今は猫ということになっている。
 俺の棲家は、この水色をした立派な犬小屋だ。ちゃんと『ニャーのすけ』と名前が入っている。要するに、アウトドア派なトレンディーな猫ってことだな。背景はざっと、はみゅたろうというアニメの主人公が住んでいる家の前でも想像しとけ。
 飼い主はボーボボという人間で、どうでも良い奴なので毎日適当にあしらってやっている。
 とはいえ、今日も飯抜きだった。
 ていうか、絶対忘れている。首に鎖が付いてなかったら、間違いなく長ねぎ持参で家へ殴り込んで飯食わせろと要求している所だ。
 ぐう、といつものように腹が鳴る。かなりひもじい。けど、そんなのは別に生死の関わる一大事ってわけじゃなかった。
「おやびん…!」
 近所に住んでいる軽薄そうな奴が、毎日のように昼間様子を見に来る。
 俺はコイツが飯を持ってくるのを知っているから、飢え死にしなくても済むというわけだ。
 勝手な呼び名で呼んでいるが、何度教えても『おやびん』を譲らないので好きに呼ばせてやることにした。
「また、飯抜きなんですか…」
 困ったように眉を下げて両膝を地面に付く。別におまえが空腹で苦しんでいるわけじゃないんだから、しょぼくれる理由はどこにもないってのに変な奴だ。
 でも俺は知っている。コイツはいつもここへ来る時は土産を必ず持参していることを。
「今日もこれ、持ってきたんですけど」
 徐に背後から取り出したのは縮緬の文字が入った真空パック。俄然、俺の目が輝いた。
 はっはと犬のように尻尾を振って(俺猫だけど)足元に縋りつく。目を血走らせたまま涎を垂らしておねだりすると、そいつは快く袋を開けてくれた。
 でんがくまんと書かれた犬用の青い皿の上に、ざらざらと餌が盛られる。
 猛然と俺は餌に齧り付いた。
 がつがつと皿を両手で掴んで貪り喰らう俺の姿を、相手は黙って見下ろしていた。ちょっとだけ幸せそうなのが何か不自然だ。横取りする気がないのは見上げた心意気だが、そんなに見つめられてると何だか食っている気がしねえ。
「何やってんだよ」
 がばがばと、手で掴んだちりめんじゃこを口の中に大量に放り込みつつ睨みつけると、すみません、とそいつは謝った。何でそんなこと言うのかが全然わけわかめ(古)っつーか。
 大体、そんなことより他にすることがあるんじゃねえかと言いたかっただけだ。
 そのために俺に飯をくれるんじゃないのかっつーの。
 促されてようやく、そいつは俺の背後に回った。丁度良い高さになるように、皿に顔を突っ込みながら尻を上げる。
 おら、という風に突き出すと、え、と一瞬躊躇った。
「食べ終わった後で良いですよ」
 殊勝にもそれまで待つつもりでいたらしい。
 冗談じゃねえ。こちとら今日のスケジュールは詰まってんだ。ちんたらやっていられるか。
 抗議すると、申し訳なさそうに、それでは、とか言った。
 どきどきと心音がかなり響いて、真っ赤になったそいつが身体に手を掛ける。俺は飯食うことに必死だったので、それから先は後ろを見ることはなかった。
 ぐ、と股の間に何か硬いモンが当てられて、そいつがぐんにゃりと入ってきた。最初の時は気管の奥に何か詰まった感じがして気持ち悪ぃと思ったが、今は大分慣れてきた。
 それ以前に俺に喉なんてないじゃん(喉ち@こはあっけど)てことで自己完結しただけだったが、突然腹の中におっきなもんが入ってきてぐりぐりやられた。
 やっぱ入れたてが一番キツイ。相手の具合なんてすっかり忘れている所為もあるけど、元々なかった場所をこじ開けるように進んでくるのが何かげえだった。でも、すぐにそいつはゆっくり動き出して、段々気持ち良くなってくる。その頃には飯も全部食べ終わっていたりして、身体全体を揺すられるのがすげえ良くなっていた。
 時々無茶苦茶にかき回されることはあるけど、今日は大人しめだ。これなら三食相手してやっても良いのにと思う。けど、猫は朝夕二食だからなあ。それに食い過ぎだからダイエットしろとも飼い主に言われている。その前にてめえがしろよと思ったりするけど、今の猫事情、色々あるってことだな。
 そのうち何度も名前を呼ばれて、急に熱いものをぶちまけられた。おやびんとか呼ばれるたびに俺はニャーパッチだっつーのって心の中でツッコんでたけど、その瞬間だけは頭がぼうっとなる。ミルクは朝一番で飲むのが日課だったけど、コイツのおかげで昼間も飲むようになったな。まあ、飲む場所は違うけど、腹ん中に収まれば一緒ってことで。
 今日も満腹だぜ、と汗を掻いた身体をぐっと伸ばせば、後ろから羽交い絞めにされた。抱きつかれたんだけど、猫にそうする奴っているか?
「…好きです」
 荒い呼吸でそう囁かれて、どきっとした。
 まだコイツは腹から抜けてない。べとべとするから早く離れろっつーのに、今日に限って言うことを聞かなかった。
 やべ。もしかしてちりめんじゃこに混ざってた、ピンク色の小さい蛸食ったことバレてた!?
 欲しかったんなら言えよ、と言いかけたところで口を塞がれた。
 猫っ鼻を避けて舌が中に入り込んでくる。ヒゲが刺さって痛くないのかとか聞いている場合じゃなかった。
 何!?窒息死させたいほど憎かったのかよ。
 俺、誕生三日目にして天に召される運命かっつーの。つけものの記録は敗れなかったが、雑魚キャラ並みの扱いなのかよ。
 滂沱の涙を流してじたばたしていると、ようやくそいつは口を離してくれた。それでもしっかりと腕で抱きかかえられて、足の間には例のものがぶっ刺さっている。絶体絶命っぽかった。
 うう、と口を押さえて自分の悲運を嘆いていると、いきなりにっこりとそいつは笑った。
「驚きましたか?」
 そりゃびっくりするだろ!?だって、刺さってんだぞ!???
 ツッコむところはそこじゃない感じだったが、それきりえいとそこから抜け出てくれた。
 トイレ掃除の時に使う奴に引き抜かれた固形物のような、栓を抜かれたシャンパンにでもなったみたいな感じだった。気分爽快っつーか、もうちょっと入ってても良かったのにとか思った。どうせ、明日も突っ込まれるんだし。
 ぱんぱんと服に付いた土を払って、じーとかって音と一緒にズボンの真ん中を閉じた。
「んだよ、俺をびびらせるなんて、百万年早いっつーか…」
 そうですね、と相手は笑った。
「おやびんを驚かせるなんて、俺には出過ぎた真似でした」
 わかってんじゃねーか。それでこそ、俺に飯を貢ぐ男だ。
「でも、本当に好きなんです」
 今までにないような口調で、そいつはじっくりと俺の顔を見つめてきた。
 そうだろそうだろ。猫好きな奴はどんな猫でも堪らなく可愛いっつーからな。
「おお、望むところだぜ」
 びびっと親指を立てる。
 っと、股の間からミルクが出てきた。飲み込めねえのがこいつの勿体無いところだ。ティッシュを取り出した相手に股間を拭いてもらいながら、やっぱ口で飲んだ方が無駄にならねえのにって思った。
 以前そう提案したら、冗談じゃないと言って物凄い剣幕で退けられたが。相手にしては珍しく、鼻血が吹きそうになってたのが印象深かった。
 男らしいポーズを見てどう思ったのか、そいつはほんのちょっと可哀想な顔をした。俺って、哀愁漂う大人の猫だったのか!?知らなかった。てっきり可愛い盛りの子猫ちゃんかと思ってたんだが。
 明日からは、白い付け髭つけてシルクハットでも被っとくかと思いながら、つんつんと立ち上がった奴の黒いズボンを引っ張った。
 明日はちくわが良い。
 それも四本パックだとお得っぽくて良いと言うと、わかりましたと目を細くした。
 どうやら明日も無事に飯に在り付けそーだ。ペットに食い物をやり忘れている飼い主はそのうち俺の手で締め上げるとして、明日もコイツが来るのを寝転びながら待ってれば良い。
 気ままな猫暮らし。やっぱこれに尽きるだろって感じだった。
 コイツがいる限り、当分俺の生活は安泰のようだ。

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