+ ハパチ。 +

00/ハッピー・クリスマス

 明確な、悲鳴と形容すべき声が、際限なく漏れ聞こえている。
 完全に、『い』と『ひ』の音しか漏れない口元は、歯を食い縛ったまま、緩む気配がなかった。
 押し伏せられ、文字通り床と密着した身体は、激しい突きを受ける都度拉げ、歪むようだった。
 もうやめろと、突き入れられて数分も経たないうちから根を上げ、懇願していた者は、襲い来る凶器に成す術なく穿たれ、そこから塊を引き抜かれては、力強い腰にぴしゃりと下腹を打たれ続けている。拷問紛いの性交は、すでに数十分に及ぼうとしていた。
 虫の息に近い肉体を、獰猛な角度を備えたその象徴で存分に掻き回した後、圧し掛かかり攻め立てていた影は、一際深い位置へそれを突き入れたと思った途端、どくどくと白濁した粘液を先端の裂け目から吐き出した。
 力なく痙攣する内側へ男根に溜まった精をすべて射出し終えると、まだ絡み付こうとする内膜から自らを引き抜いた。
 はあ、と大仰な呼気がその薄い唇から吐き出された。荒い呼吸を整えることなく、服を着込んだままの肩を竦める。
 地べたに張り付いたように突っ伏す相手に、わずかな憐憫が沸いたというわけではないのだろう。
「まだ、満足し足りないみたいですね?」
 ぎゅ、とその手に握られた赤い靴下を見やる。
 これだけ奮発しているのに、この上まだ欲しいものがあるのかと揶揄しているようだった。
「……っが………」
 違う、と激しい息遣いに、閉じることも忘れたように開ききった口元が告げる。
 ぜえぜえと、全身で息をしているのだろう。丸い身体は多量の汗と精液にまみれ、大きな揺れを受ける度に、明るい色の肌の上から大粒の雫が次々と離れていった。
 雄雄しいまでに鋭く尖り、輝いていたはずの十二本のトゲも、萎れたように、わずかに萎縮しているようだ。主の体力の疲弊を表すかのように、力なく肩を落としてでもいるかのようだった。
「俺が…欲しいのは………」
 ぴくり、と粘液がこびり付いた白い指が動く。
 しかし、そうするのがやっとという体で、横へ向けていた顔を伏せた。
 倒れたままの恰好で、寝入ってしまうのではないかと思われても不思議ではないような体勢だった。
 恐らく、その予想は外れてはいまい。
「っと、おやびん。お昼寝には、まだ早いですよ…?」
 正確な時間を言えば、村の家々で夕食の片付けが終わる頃合だ。
 だからこそ、これからが本番だと一番下の子分は言った。
 下卑た笑いはその頬に浮かんではいなかったが、眼が爛々と、炎に照らされたように光を湛えているのは気のせいではない。
「おやびんが欲しいのは、おもちゃのスポーツカー。…それは、わかってます」
 長ったらしい横文字の名前を、車体の色から製造番号まで、一字一句間違えずに唱える。
 けど、と細い眉の男は嘯いた。
「俺が欲しいのは、おやびんのココですから」
 綺麗に揃え、長く伸びた指が二本、射精した液で潤った脚の間を侵す。
 中で溜まった大量の体液を掻き出すように太い関節を折り曲げながら、再び硬さを得た雄の性器を見せ付けるように、もう片方の手で持ち上げる。
 膝を付き、跨るように下部へ近づいたかと思うと、容赦なく、ずぶりと先端をまだひくついている奥目掛けて挿し込んだ。
「モノはちゃんと用意してありますから、今は俺のリクエストに応えてください」
 言いながら、下半身を叩きつけるように腰を使う。
 反射的に漏れた嗚咽などに興を殺がれることなく、却って上機嫌で眦を下げた。
「いやあ、それにしても。おやびんからクリスマス・プレゼントを貰えるなんて、俺は果報者です」
 コパッチの兄貴たちなんて、どでかいケーキを作らされて大変だったのに、と嘲笑が響く。
 自分の分だと言って渡されたその一切れのために、こうして途方もない幸運を手に入れられたのだから、どこぞのじいさんが持ってくる贈り物というのは、本当にあるのだな、と感慨深げに呟いた。
 事実、その赤い服の年寄りが組の屋敷を訪れなかったとしても、代わりがいればそれで事は足りる。自分にとっては、こうして挿入させてくれる穴を提供してくれたおやびんがそれなのだと、臆面もなく言い放った。
 ばちんばちんと、尻を叩くような音響が執拗に続く。
 内側から溢れた汁と放出した欲望の証が合わさって、打ち付ける肉塊が深度を増す毎に、淫猥な音楽が鳴り響いた。
 すげえ、と片言の感嘆が漏れ、途方もない快楽を享受していると言わんばかりに、上になった者は内面の喜悦を表すように微笑んだ。顔面の下半分だけの笑みは、紛れもなく、虐げる者のそれだった。
「ああ、おやびんは」
 嘆息しながら、更に出し入れする動きが性急さを増す。
「本当に、最高ですよ」
 獣のように笑う男は、小刻みな振れを受けながら鼻で泣く声に機嫌を良くし、喉を震わせながら先刻よりも濃い液体をオレンジ色の身体に注ぎ込んだ。


「うおおおおおおおおおおおお!」
 朝から聞くにしては、気合の入った雄叫びが、おやびんのひや、と誤字がそのままになった表札のかかる部屋の中から木霊した。
「っいやったああああ!!!!!!」
 奮発して買った大きな赤い靴下の中に、望み通りのクリスマス・プレゼントを見つけて、感極まる。
 本当はたくさんお菓子が詰め込まれた靴もどきの箱を使おうかとも考えたようだが、本物にしておいて助かったぜ、と狭いのか広いのかもわからない額を拭った。
 小さな宝石のような青い双眸は目一杯見開かれ、高揚する心を表すように、体全体が紅潮している。
「良かったですね、おやびん」
 寝起きであるらしい男が、黒のアンダーだけの姿で襖の角に背を預けたまま、喜びに大声を張り上げる様子を見つめていた。
 早朝ということで具合はあまり良好ではないらしいが、それすらどうでも良くなってしまうほど、大喜びしている姿に意識を奪われているようだ。
「おうっ!さんきゅーな、破天荒!」
 くるっと振り返り、清潔な白い手袋の親指でグッジョブ・サインを送る。
「約束でしたから」
 これをさんた=苦労すに渡してくれ、と言って手渡した手紙を、ちゃんと宛名の相手へ届けてくれたお陰だと思っているのだろう。
 蚯蚓が這ったような字で書かれていた事柄は、何十といるハジケ組を構成する組員全員で搾り出したたった一つのお願いだ。
 すべてのコパッチに贈り物が届くことはないが、大親分である首領パッチがそれを手に入れられれば、みんなが受け取ったことと同じになる。自分の子分であるコパッチに対して、首領パッチが独り占めなどという子どもっぽい真似をすることはないからだ。
「これで、ぶいーっと行って、ずぎゃぎゃぎゃとカーブで急ブレーキができるぜ!」
 早速乗り物をそれらしく手で動かしてみせる様を、わずかな苦笑とともに見守る。
「じゃあ、俺はもう一眠りします」
 前日よりも気温が低いとあっては、活発に動けるまでは大分時間がかかると、ここで一番の長身は言った。
 体力が無尽蔵であるはずの男でさえ、さすがに精力を使い果たしたのだろう。
 くたびれた態度ではないが、二度寝したいという欲求は純粋なものだったようだ。
「今日の朝飯の当番はおまえじゃねーし、ゆっくり寝てろ」
 気を使うような台詞を言っている間も、目は縁側で走らせている自動車に釘付けになっている。
 おやすみなさいという声と、ぶいーっと空飛ぶ車とともに駆けて行く足音が、明るくなった空の上で交差した。

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