物好きだと思う。
誰が決めたかも知れない。その、黄金週間というやつに対して抱いた、これまでの感想は。
「関係ねえな」
そう評すよりもと、分厚い胸板の前で組んでいた腕を組み直す。
「腐っちまう、の間違いじゃねえのか?」
異性の前、殊に女の前で汚い言葉遣いをするのは礼に反すると口を挟んだところで、お上品な言い分がこの里の連中に通じるはずがない。言ってしまえばこれも慣れだが、ずるずるとどこまでも付き合っていたくはないというのが本音だ。
要するに、朱に交われば赤くなる。無関心を装っていても、側に置いておけばいずれ自分も似たような口調になるだろうことを懸念しての警戒に他ならない。
嫌だと思うなら、敬遠するのが良策。
なのに、だらだらと続けてしまう関係を、人は何と評すのだろう。
「そういうのを、貧乏性って言うのよ」
向かい合うようにしてソファに腰掛けたまま、ふんぞり返った大男を名指しする。
上忍になってからというもの、二日以上の連休は存在しなかった。故意に日にちを選べば実現することも難くないのかもしれないが、仕事を続けて休む意義というものが自分にあるかどうか。それを考えるのが億劫で、取らなかったというのが正解だろう。
木の葉の隠れ里と言えど、過酷な職務に就く忍者に休日を宛がわないなどの非道は許されない。彼らの不満解消と士気高揚のために、非番や週休以外にも一年に一週間の休息日を振り分けるよう指導されている。しかし、理想と実情が噛み合わない『多忙な』上忍に限っては、その消化率が特に悪いとかで、里の上層部でも問題になっている。
望まない者に休暇を与える必要はないと考える強硬な意見もないわけではなかったが、皆必要に迫られているからこそ任務に走り回ざるを得ないのだから、彼らだけの責任ではない。が、稀にここにいる男のように、休みというもの自体に居心地の悪さを感じる輩がいる。
一見して稀有な。
貧乏性と形容する以外はない、ある種不憫な性格だ。
「やることないの?もしかして」
暇を与えられたからといって幸福ではないと称すのは、仕事がなくて右往左往するしか能がないのではないかと疑念を持つ。別に、眼前の友人を趣味がない無能な男だと言いたいわけではない。
実益を兼ねた趣味なら、そこら辺でふらふらしている片目の同業者より、よほど卓越している。食肉の目利きは相当なものだし、煙草の銘柄に関する知識も深いと言わざるを得ない。
男という生き物は、一旦こうと決めたことをどこまでも追求しなければ気が済まない質らしく、研究者にでもなった方が似つかわしいのではないかというレベルにまで到達することがある。他人が真似できないほどの深い知識を体得しているのなら、自由になった時間の使い方など悩むまでもないはずだ。
いっそ上忍職の傍ら、隔月開店の焼肉屋でも営めば繁盛するのではなかろうか。上忍は懐は暖かいがそれを使う暇がないと言われているくらいだから、店を建てることくらい造作もないだろう。
ただの案として口に上らせた事柄を、男は嫌そうな目付きで受けた。あまり周囲に内心を気取らせることがない者が、あからさまに表情を崩したことに驚いた。
「んなのは、老後の楽しみに取っておくもんだ」
まったく見当違いのことを提案してしまったと思っていたのだが、煙草をくわえた口元から発されたのは、呆れるような台詞の中身だった。
本人曰く。今から副業を抱えていたのでは本業を疎かにすることは目に見えている。
つまり、趣味を伴った仕事の方に本腰を入れてしまい、努めなければならない上忍としての職務をないがしろにする危険性が高いと。危うくそうなるだろうと心配するのではなく、なるだろうことを確信しているのがまさに不敵と言うべきか。冗談のつもりで発案したのだが、逆に真剣に答えられ、こちらが辟易するしかなかった。
そんなに好きなら、と言葉を言い継ぐ。
「引退した後の定職は決まりね」
焼肉屋の主となって、エプロン姿で肉を捌いている姿が目に浮かぶようだと。腕前や目利きは相当なものだと、上忍はおろかアカデミーの連中にも知られているから、開店直後から客の入りも良いだろう。大々的に広報活動を行わずとも、口伝えで店の評判が伝わってゆく様が目に見える。
そこまで巧く事が運ぶかどうかは実際退職してみなければわからないが、難くない想像に思わず頬が緩んだ。馬鹿馬鹿しいと片方の脳では苦笑を感じつつも、それも楽しそうだと笑いが込み上げた。
「繁盛しているようだったら、手伝ってやってもいいわよ」
この男なら一人で何もかもやってしまうのだろうが、人手がいるようなら無償で請け負うと。
大体、数年先輩なだけの男が上忍を辞めれば、自分も時を経ずして自由の身になるのだ。
何気ない一言に、意外だぜ、とわずかにトーンの高くなった声が届いた。
「おめえはずっと、ガキどものお守をするのかと思ったぜ」
生真面目な奴だから、自身の腕が衰えるまで上忍師を続けるのではないかと想像していたと、獰猛な黒い瞳を瞬かせる。
「先のことなんて、わからないわよ」
確かにこれが天職だと思った時期もあったが、それも時の移り変わりでどう転じるかはわからない。だからこそ、色々な姿を思い描いても良いと思う。
あの子どもらが見る夢と同じようにとは行かなくとも、戦場で死ぬ以外の光景があっても良いのではないかと思い始めた。覚悟を決めたはずの気持ちが緩んだわけではなかったが、少なくとも未来を一つに限るのは頭の足りない奴に任せればいい。
「手伝うってんなら、断る理由はねえが」
ふと顔を見る。
「おまえは、店員って柄じゃねえな。紅」
くっくと大きな体躯を揺らし、男は笑う。さも愉快そうに。そこに不機嫌を興すような種はない。
呆れたように不遜な態度の男に嘆息を漏らしつつ、尋ねる。綺麗に整えられ、唇と同じ色に染められた爪が、傾いた細い顎につと触れる。
「何なら似合うわけ?」
勿体振らずにと念を押すように、長い睫毛を正面へと伸ばす。瞬く様子を視界に収めながら、普段は仏頂面の多い顔が、にやにやと意味深な笑みに揺れる様を眺めた。
「そりゃあ…」
髭を押さえ、さも愉快であるかのように放った答は案の定。
不平を漏らしていたはずの当の連休。
休みを合わせて、里の卸売市場を見学しないかということになった。何の卸売なのかということは、敢えて公表はしない。
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