半分


 じゃあなと、任務受付場で別れた仲間は、思った以上に懐かれたらしい下忍にまとわりつかれていた。先生は忙しいのよと嘯いているが、あの調子じゃあ結局は手を貸してやる事になるんだろうさとアスマは笑った。
 奴は下忍を受け持った事がねぇからなぁと、幾分その手際の悪さに同情したが、相手がまだまだガキだという事を理解していないのも悪いと決めつけ、自分の受け持ち下忍を眺めやって解散だと言葉を放つ。
 今日は一日機嫌の良かった――任務内容に愚痴をこぼしていた割りには、だ――三人は、それぞれ手にしていた包みを抱えてそれじゃあねと手を振る。
 先生が意外と器用で助かったわと。
 意外は余計だと苦笑して、ハメ外すんじゃねぇぞと去っていく後ろ姿に声をかけたが、多分声は耳に届いていても頭には届いてなかろうという気がしていた。明日はきっと、三人揃って眠い目をして来るに違いないが、だからといって甘やかすつもりはない。
 あれを三つも作ってやったんだから、充分甘やかしてやってるさという認識はあったが。
「今日はどこの班も早いわね」
 外に出て、暮れようとしている陽を眺めつつ煙草に火を点けていると、紅が何時の間にか横に並んでいた。そうだなと、目線だけで返してやるのはいつもの事だ。いつもの事ではなかったのは、紅から甘い香りがしてきた事だった。
 甘い香り――いや、砂糖菓子の甘ったるい匂いだなと、言葉にせずに自身に対して訂正した彼は、珍しいなとやはり目で語る。
「ああ、これ?」
 気付いたのか、紅は手にしていた包みを掲げて見せた。
 底の浅い紙袋に平たい箱が入っていて、それから重い匂いがする。甘いだけでなく重い。油の匂いに近いが、もう少し軽く――ガキ共が好きそうな匂いだと笑ったのは、それが紅には不釣合いだったからだ。
 およそ焼き菓子の甘ったるい匂いなど、紅には似合いそうにもないと彼は知っている。
「仕方ないでしょう、せっかくヒナタが作ってきてくれたのに、いらないなんて云えないわ」
「そりゃそうだ」
 一見冷たく見えるものの、実を云えば紅は甘い。平時は…という限定で。そうでなくては忍などやっていられないし、自分の甘さに足元をすくわれ切捨て時を誤れば被害は自分一人で済まなくなる。
「大好きな先生にってか?」
「さあ? うずまきナルトだけにあげるのが恥ずかしかったんじゃないかしら?」
 さらりと告げられた言葉だったので、さらりと聞き流せば良かったんだろうと思う。思うが、これまた意外な事を云うものだという目を向けてしまったのは仕方ない。
「まあ、ヒナタにとってはいい傾向よ」
「そうか」
 そうよと云って紅は笑い、なぶるように吹いた風に乱れた髪を手で押えた。
「自己主張する事を覚えるきっかけと思えば、いい事なのよ」
 なるほどなぁと、風に散る煙草の灰を目で追って、自分が受け持つ子供等にはそういった事に関しての心配が無用だった事に、彼は苦笑を漏らした。自己主張の塊としか思えない面々にはほどほどに手を焼いているとは思っているものの、その逆よりはいいだろうと改めて思い。
「これから皆で集まるんだって云ってたけど?」
 聞いてるよと、短くなった吸殻を落として足でもみ消す。アカデミーの敷地内に吸殻はマズイかと思ったのは一瞬で、火さえ消えてりゃあいいだろうよと何度か足を動かすと、それはすっかり地面に埋まっていた。
 だらしないわねと口では云わなかったが目で云った紅は、手にした袋を二三度揺らした。
「手伝わない?」
「今日は一日南瓜につきまとわれるな」
「そりゃそうでしょう」
「じゃあ、こっちも手伝え」
 ポケットから袋を取り出して返すと、怪訝そうに紅の目が眇められた。が、その正体を知ると、目は呆れと笑いの入り混じった温かいものになる。
 どうしたのよと云いながら大きな手の上で口を開けた袋の中に手を入れたその顔が、緩やかな笑いに染め上げられるのを間近で見て、何故だか自分の頬も緩んでくるのを感じた彼は、ガキ共のおこぼれだとわざと忌々しげにもらした。
「種」
 紅の指に摘み上げられたのは、南瓜の種だった。
「ああ、作ったのね、提灯」
「食った方がいいのにな」
 いつもなら絶対食う連中なのにな。
「情緒がないわね」
「三つも作らされてみろ、いい加減飽きるぞ」
「キバが作ってたわね、そういえば。ヒナタの分も、シノの分まで」
 あれで中々の世話好きなのよと云う紅の顔は誇らしげだと彼は思った。多分本人は気付いていないだろうが、自分が育てている者に対しての信頼の欠片が伺えるようだと。
「今頃はカカシの奴も作ってるだろうよ」
 あのチビにまとわりつかれていたからなと付け加えると、考えられないわという呟きが漏れて、俺だって考えたくもねぇよと同意してみせる。クナイで器用に南瓜を細工し提灯を作り上げていく上忍の姿など、想像したくもないなと。だがしかし、それは自分の姿でもあるのだ。
 昼の日中にせがまれて、一週間のおやつ抜きと引き換えに三つも南瓜提灯を作っていた自分の姿――誰にも見られていないはずだからまあいいさと、広げた袋を元通りにポケットにしまい込み、行くかと歩き出す。
 どこに行くつもりなのかとは問わず横に並んだ紅は、袋一つ分の距離を置いていた。その距離が煩わしかったわけではないが、貸せと手を出して反対側の手に持つと、まるで自分から焼き菓子の匂いがしているようだとアスマは苦笑した。その笑いに気付いたのか、似合わないわねと紅も笑った。たまには煙草以外の匂いもいいでしょうと。
 そんなに普段の自分は煙草臭いのかと今更な事を口にしようとした時、すっと手が目の前に伸ばされた。白く繊細のように見えて、けして焼き菓子など作らないだろう手が。
「干して、炒っておけばいいんでしょう」
 南瓜の種を。
「非常食にもなるけど、酒の肴にもいいのよ」
 だからこれも、半分。
「…まあ、焼き菓子よりゃあな、酒には合うな」
「きっちり半分は食べてもらわないと。結構な大きさがあるのよ、それ」
「ああ、判った判った、食ってやるって」
 半分な。
 面倒くせぇとぼやきつつもしまい込んだ種の袋を紅にむけて放った自分も、それを受け取った紅も、まるでガキのようだとふと思った。
 半分の焼き菓子に、半分の南瓜の種。
 頭を寄せて悪戯を考える、今日という日の子供のようだと。
 自分たちが子供だった時分には、こんな異国の祭りはなかったのだが。
「どこで飲む?」
 どこで飲むにしたとして、多分今日は人目を引くことに間違いないだろうとアスマは思う。
 甘い焼き菓子を肴に、酒を呑んでいれば。
 それもまあいいかと思った目の端に、気の早い子供の一団が大きな袋と南瓜提灯を手にして駆けていくのが映る。笑いながら、甘い匂いを振りまきながら。
「ガキ共に見付かってたかられる前に、さっさと飲むとするか」
 こいつを肴に。
 かさりと音を立てた袋から立ち上る匂いなのか、それとも街中に満ちている匂いなのか、どちらのものとも判らないやさしい香りに背を押されるようにして歩き出すと、一度だけ紅は空を見上げた。藍の色した淡い闇を。
「晴れて良かったわね」
 そうだな。
 アスマは背を返答の代わりにし、賑わう通り目指して足を進めた。
 酒も半分ずつだぞと、口の端で笑って――


作者■煙草屋の店番さま
02.10.31UP

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