鍋の夜


 そのけったいな格好は何だ。
 云われ続けた言葉だったが、言葉ではなく目線で語られるのは流石に堪えるなと、彼は咥えた煙草を地面に放った。
 だいたい、自分の方が聞きたいぐらいなのだ。
 なんだってこんなけったいな格好をせにゃならんのだ、と。
「くじ運、悪いのねぇ…」
 明らかに笑いを堪えている声音でもって慰めるように云われても、正直嬉しくはない。
「忍のくせして、そんな目立つ赤なんて」
 突っ込むところはそこか?と、新しい煙草に火を点けた。寒空の下で煙は意外とまっすぐに上がっていった。
「何で女が除外されたんだかなぁ」
「仕方ないでしょう、そういうものなんだから」
「女も加わってりゃあ、もうちっとなぁ…」
「でも、くじ運悪いのは変わらないわよ」
 変化すりゃいいだけじゃねぇかと言い募る自分は、珍しく後ろ向きだと彼は思う。目の前で物珍しそうにしている紅の目線が、笑いを堪えていれば尚の事。
「で、トナカイ役は子供達ってわけ?」
「どうせ俺が担ぐ事になるんだろうがな」
 正直、ガキ共になぞこんな姿を見せたくなどないのだ。が、くじ引きで決めたとはいえ、任務は任務。スリーマンセルとその指導師という組み合わせであたるべきものだ。
 これまで何度もこの日のこの任務は逃れてきたというのに、何で今頃ぶち当たったもんだかなぁと、思う頃には彼も多少の諦めを自分に許し、いつもの調子を取り戻す事が出来ていたのだが、しかし――落ち着かない事には変わりはなかった。
 真っ赤な服に真っ赤な帽子という、目だって仕方の無い格好をしていたのだから。
「夕方からの任務なわけね?」
 立っていれば余計尚目立つわよと笑われて、そうかと腰を降ろしたのはアカデミーの片隅だった。今は使われていない、寒いばかりの教室の窓近く。
 座ったベンチの向こう側に、白い袋が幾つか転がっていた。
 あれを担いで行けって云うんだから、まったく笑える話だと彼は頭を掻こうとして――被っている帽子が邪魔だと脱ぎ捨て、ポケットに押し込んだ。押し込まれたそれが、自身の所在を主張するかのようにポケットから白い飾りを覗かせているのか何とも情けない。
「…まあ、仕方がねぇな、行き先があそこだってんじゃな…」
「中には楽しみにしている子だっているんでしょうしね」
「信じてないくせしてなぁ…」
「誰かが気にかけているんだって知るだけで、嬉しいって事もあるものよ」
 ふと浮かべられた柔らかな笑みに、そうかと息を吐き出すように煙を吐く。
 父母の手を失った子供達が集められたあの場所で、一体どれだけの子供が自分の幸せを知っているというのだろう。
 そう考えると、自分がこれからやろうとしている事も、普段はする事も稀な善行という奴の一つに数えてもいいかもしれないと思った。
 昔――自分が産まれた頃には、あの場所はなかったはずだった。父母を失った子供は全て、半ば強制的にアカデミー入りが決められていたのだ。そこに子供の意思はない。ただそこに行くと飢えないという約束があるだけで。
 あの時代はまだまだ厳しかったしなぁと、そう考えればこの呑気としか云いようの無い行事もかわいいものだ。子供が忍を目指さなくても生きられる場所――そこを作ったのが十二年前の災厄の少し前だったというのは、やはり多少皮肉めいているとは思ったが。
 しかし、飢えず、自分の未来を自分で決められるという事は、幸福の絶対条件ではない事も事実だとは思う。
与えられた事がない人間は、与える事を知らないものだから。
少なくとも、三代目と四代目はそこに重点を置いたのだろうと思いますと云っていたのは、アカデミー勤務の中忍だった。
だから頑張って下さいねと、そう付け加えられたのは、あまり嬉しい事ではなかったが…
「今夜は冷えるそうよ」
「今から冷えてる」
「鍋がいいわね、こういう日は」
「酒にゃあ合うな」
 囁くような会話の合間にふと鈍色の空を見上げると、白いものが一つ二つと降ってきた。
 雪だなと呟くと、いいタイミングねと返される。
「サンタって、自分じゃプレゼント貰えないそうだから。代わりに鍋、プレゼントするわよ?」
「役目が終ってからなら、ろくな店が開いてねぇ」
「ろくな材料はないけど、酒だけなら豊富なのよ」
 ウチはね。
 言い置いて背を向けて去っていく紅の後ろ姿に、今夜は鍋かと彼は笑う。
 なるほど、与え合うのが人間ってもんだしなと。
 それじゃあ俺は一升瓶の一つや二つを用意しないとならねぇか。
 
 待ち合わせの時間きっかりに駆けてきた揃いの衣裳の子供等に、行くかと立ち上がる頃には雪が静かに降りしきり。
 早い日暮れの街に、灯りが幾つか灯っていた――


作者■煙草屋の店番さま
捻りも何も無い話になってしまいました…
2003.02.25UP

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