カウントダウン
「なあ、なあ、どう思う…?」
 問い質すべき必要のない対象へ、執拗な問いは投げかけられる。
 何が、と聞き返すこともなく、青いナビは、う〜んと困ったように笑って首を傾げた。
「……ロックマンに聞くな」
 煮え湯を飲まされたように、かすかに渋面を作ったような貌が、画面から見える。
 白い円形のテーブルの前で腕を組み瞑目しているのは、関わってくれるなという無言の牽制だったのだが、案の定相手には通じていない。
 むしろ、一人相乗効果で盛り上がるだけだ。
「僕に、どうって聞かれても…」
 律儀に受け応えをしてしまうのは、ロックマンのというより、ナビの性質上仕方のないことだろう。
 問われれば、適当な答を返す。正しくは的を射た内容を返さなければならないのだが、こればかりはデータ云々の話では済まなかった。元より、人の心理に精通できるだけの情報というものは、この世の中でさえ出揃っていないのだから。
「やいとちゃんとアネッタ。どっちが本命だと思う?」
 畳み掛けられるように身を乗り出され、PETとの距離は開いているというのに、心なしか問われた側は笑いながらあとずさった。
「…いい加減にしろ…」
 呆れたというより、八割方見放したような、突き放した声調が漏れる。
 自分を話題に取り上げられた事態も去ることながら、折角の休日にどうして会いたくもない奴がこのホテルにまで押しかけてくるのか。現状に対する苛立ちのようなものも、その口調の中には含まれていた。
「いーじゃん、いーじゃん!」
 南国に来たにも拘らず、水着を忘れたといってビーチでジュースを啜る、『数少ない友人』はわめき立てる。
「モテるんだからさあ〜、色々聞かせろよなあ!」
 本心をここで白状したって、減るもんじゃないだろ、とわけのわからない理屈を並べ立てる。
 確かに、減るものではない。
 炎山の本音はそんなものには構っていないのだから、誇りが傷つくわけではないだろう。
 それは確かにブルースも理解していたが、それよりも何よりも。
 体力と精神力が、減っているような気がする。
 微細な数値であろうと、センサーが拾うデータからは、ストレスによる過度の興奮が見て取れた。
 正直、炎山がどう思っているかは別として、ブルースはこのロックマンのオペレーターが好ましくなかった。
 ナビである以上、性格がどうとか、外見がどうとかなど言うつもりは毛頭ない。少なくとも、炎山のように多元的な場で対面していたとしても、何の意義も見出せなかったからだ。
 所詮、主とそうではない者と。その二元でしか価値を判断しない回路では、他人はどこまで行っても他人。同じ無機質の類いではないなら、一目置くことさえ無意味だった。
 ただの、一因子。
 順番のない雑多な要素の中の一つだと言えば、恐らく意味もなく激昂させるだろうことは予測していた。
 その、単なる一因が、自身の保有者を貶めていることに我慢がならないと思っていた。
 どうして、腹に据えかねると思ってしまうのか。その根拠は明らかではないが、原因もなく目の前の有能な人物を罵倒するからだろう。
 無論、熱斗本人はそれほど深い自覚のないまま広言していることは容易に予想できる。考えなく、単純に腹が立って発言しているような軽口の一種であることは間違いない。
 だが、まるで学ぶということを知らないかのように、同じ真似を繰り返す人間というものに対して、ブルースは呆れを通り越して目障りだとさえ思うようになっていた。
 険悪というほどではない感情回路の起伏は、致命的ではないにせよ苛立たしく、制御不能なほど、黒いグラスの奥に隠された眉間を険しく歪ませていた。
「だからさあ、やいとちゃんと〜アネッタと。どっちが本命なんだよおお〜〜」
 さして興味があるわけでもないくせに、しつこく食い下がる親友に、とうとうロックマンから水が入った。
「熱斗くん、それくらいにしておかないと……」
 目は笑ってはいるが、顔色は少しも穏やかではない。
 ちらり、とその目線が隣に立てられた赤いPETを見る。
 後に続く言葉はなかったが、どうやらこちらの異変に気づいていたようだ。
「何だよ、ロックマン。おまえだって知りたいって言ってたじゃないか!!」
 …言ってないよ…。
 消え入りそうな声を心中で呟きながら、そうだ、と思い出したように手を打った。
「僕たちがいるビーチの近くに、スモークチキンの美味しいお店があるんだよ!?」
 そこのスパイスが極め付けだってテレビで放送されていて、一度で良いから試食してみたいって、学校で言っていたじゃないかと話の転換を図る。
 嘘、マジ!?、と驚いたように眼を輝かせて、案の定少年は自分の青い画面をはっしと掴んだ。
「よっしゃー。じゃ、昼飯はスモークチキンにスープカレーってことで。勿論、炎山の奢りな!?」
 早々に問題を解決して、喜色満面で席を立つ友人にロックマンが運び去られる間際、今まで微動だにしなかった口元がぼつりと何かを囁いた。
「…すまないな」
 億劫そうに礼を呟いたのは、当然、執拗な会話から逃げ道を作ってくれたロックマン自身に対しての謝意だった。
 そしてテーブルから立ち上がり、当たり前のように炎山は自らのPETへ視線を落とした。
「ブルース。店に予約を入れておいてくれ」
 ロックマンから正確な名前と場所を聞き、手配をしておけと命じる。
「…ただし」
 光熱斗は抜きだ。
 奢りだという決定に、OKを出したつもりがないなら、勝手に一人で店へ行って食べれば良い。
 表情や態度は相変わらず無感動だが、下らない問答という重荷から解き放たれて心底清々したような風貌だった。
「はい、炎山さま。」
 ささやかな意趣返しのような采配に、ブルースの中の蟠りが束の間消えたような気がした。

 とはいうものの、実際はその気がしただけで、店の外で恨み言を泣き喚く友人に辟易した炎山が、結局食事代を賄ったのを目の当たりにして、益々ブルースの中の熱斗株が下がったというのは当然の結果だと言えた。


-2005/09/24
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