瞬間、空気が鳴動する。
喉奥で音が止まるような、引き連れた吐息にも似た動作。
意識が知覚しない、明らかな差が、これと平常の間にあった。
「ブルース……」
淡い色彩に照らされた枕の上で仰臥する人影から、荒い呼気とともに吐き出される。
力のない青い眸が覗くその両端に腕を付き、声のする方へ視線を落とした。
一連の動きを自ら選択しながら、感覚が正常に戻っていないことは明白だった。
「った、のか………?」
掠れた声で問われ、何のことかと聞き返すことも忘れた。
呻くように、まだ貫いたままの肉体を見下ろす。
「……わかりません、炎山さま」
本来、ナビには人間のような射精などという機能は備わっていない。
体内から欲望の証が吐き出されるという現実そのものがあるわけではなく、行為の結果として忘失する際があるだけだ。
膨大な情報量の塊であるナビにとって、我を忘れるなどということはあってはならない。しかし今のように、物質的質量を得た身体が感覚中枢によって無意識に震えを起こすことが稀にある。
肌を合わせている炎山にシンクロしているわけではないだろうと思っても、疑似体験に近いものが身内で起こっているのは確かだろう。
だが実際、炎山の内奥に精と名の付くものが放出されたわけではない。粘膜や体液を持たないナビにとって、それに見合う物質が体内で形成されるわけがないからだ。
けれど、放出という行いがなくとも、触れ合っているという認識だけで満足だった。
挿入という欲求なくしては語れないが、極限を得られなくとも、その達成と同等の意義がこちらはあったからだ。
自分を感じて、炎山が快感を得る。それに代わる目的を、見出すことすらできないのなら。
「ナビに不可能であることは、よくわかっているんだが…」
絶頂を見ない側にとって、衰えという代物は存在しない。
まだ固いままの局部を受け入れたまま、少しだけ体力が回復し始めたのか、少年というには若干大人びた眼差しを持った白髪のオペレーターは答えた。
あるのではないかと思うと、嬉しいものだな、と。
「………………」
ないものを、まるでそれを感じたかのように受け取ってしまうのは、錯覚だと認識していても興るものがあると。
苦笑とともに告げられた言葉に、どこかの回路が瞬間揺さぶられたような気がした。
「………?」
食い込んだ黒い楔によって身動きを封じられているが、炎山はわずかに上体を起こそうとした。
そこに明らかな差異があったわけではないだろうに、中心を穿つようにして密着する整った腹筋とその上空の仮面を交互に見比べる。
「ブルース…」
繋がっているからこそ、感じ取れる何かがあるのだとしたら。
それこそが、接合という名の共鳴だった。
「…申し訳ありません、炎山さま。」
自身の名前の後に続くだろう台詞を察して、先に謝罪する。
ああ、と炎山は言った。
挑むような光が、赤い腕の下で閃く。
「来い、ブルース…」
薄い腰を持ち上げるように、いくつも重ねた枕の中に炎山は再び背を沈めた。
薄明かりに照らし出された天上は、永遠という緩やかな時だけを刻み続ける。
-2005/11/10
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