ひめごと1
 で、俺は思ったわけだよ。
 遮ったところでどうせ延々と続くだろう能書きを半ば放置し、現IPC副社長である炎山は黙々とデスクの上の書類に目を通した。
「俺とロックマンって、以心伝心っていうの?通じ合ってるなあ〜〜って、実感しちゃって」
 要するに自分とナビのシンクロ率が高いことを自慢しているわけだが、次元そのものが別の場所にいる炎山にとっては、単なる喧騒の類いでしかなかった。
 幸いなことに、光熱斗の話はどれも自己完結をしているので、苦手な部類には入らない。
 問題はその声量というか、けたたましさというか、いつまでも喚くなと思うような点にあるのであって、内容そのものは耳に痛い代物ではないと炎山は判断していた。
 むしろ、話を聞く度にロックマンはよくやっているな、と関心させられる。熱斗の苦労話イコール、ロックマンのそれであることは、疑いようもない事実だ。
 それでもナビに見限られないのは、少年の人徳というより、ロックマン自身の運命であることは疑う余地もなかった。
 これでもかと言うくらいに落ち込んだ雰囲気で悩み事を相談されたり、愚痴を撒き散らされるよりは、この手の話を聞き流している方が何倍も増しだった。なぜなら慰めるなどという芸当は、自分のような理論派の人間には到底不可能であるらしいからだ。
 暗黒モードを背負ったまま肩を落とした上に、湿気も一緒に連れてきたような態度で長時間執務室のソファに居座られれば、こちらの体調にも悪影響を及ぼす。
 完全無視を決め込めば済むだけの話だが、それを貫徹できるだけの意思は、どうやら今の自分にはないようだ。
 友人と認識している者を尊重しないのでは、人間として欠落している。そう信じているからこそ、自信満々にロックマンとの絆を語る熱斗の方が、寛容に受け止められるというものだ。

「…結局のところ、何が言いたいわけだ?」
 聞き手の側から決着を促さなければ、本来の目的を遂げないまま、それこそ夜になるまでここに居続けるだろうことを見越して、話題の軌道を修正する。
 話が長くなればなるほど、こちらから起承転結を導いてやらなければ、熱斗自身が不完全燃焼に陥ってしまうからだ。
 ストレス発散の場を提供しているつもりはないが、扱いに慣れれば目障りというほどでもない。PET同士で会話をしているブルースはこの状況をどう捉えているのかは知らないが、自己防衛と順応という二つの機能が自然と備わっている人間にとっては、すでにこれも慣れの一つと言えた。
「ん〜、だからさ」
 思い出したように、仰向けにふんぞり返っていた背もたれから離れ、顎に手を置いた。
 首を傾げ、言わんとすることを自らにレクチャーするように、うんうんと頷く。
「俺は、ロックマンに隠してることなんて一つもないなあ、と思って」
 どちらかと言えば、それはおまえが隠す必要もないくらいオープンな性格だからじゃないのかと、心中でツッコミを返す。
 殊勝にも、無意識にそれを行えることが、自分たちの信頼の程度を表しているのだと納得しているようだ。
 確かに、熱斗とロックマンではそれが相応しいと思う。
 他人の自賛などというものを悠長に聞いていることほど忍耐を強いる行為はないが、なるほど、と炎山は少しずつ成長しているらしい友人の心情を慮って得心した。
 以前から思っていたことを、こうして当人のいる前で言葉にするだけで、ロックマンは嬉しいと思うだろう。
 大切な親友に、本来友情などというものが成立しないと思われていた機械と人間の間でも、親密な友好関係を作り出すことができるのだと改めて告げられたようなものだ。
 多少は照れ臭くとも、素でそれを認めてしまうのが、光熱斗の器というか、彼が持つ最大の長所なのだろう。
「炎山もそうだろ?ブルースには、隠し事なんてしてないだろ?」
 自分たちと同様、より深い絆で結び合っているオペレーターとナビだと認識しているからこその問いだった。
 思いつきでも、強引に肯定を引き出そうという計算尽の上での行動でもないのだろう。ただ、事の成り行きで発言しただけに過ぎない。
 だがそこに迷いが生じたというのが、正直なところだった。
 普段ならたった一言で終わらせられたはずの問答を断ち切らなかったのは、問われた事柄を是だと神経が判断しなかった所為だ。
 それは違うと否定したことで、本来ここで落ち着くべき会話が宙に浮いてしまったことを炎山は自覚した。
 光熱斗を追い出すためには、そうだと答えるのが上策だったろう。
 しかし、おのれを容易く偽れるほど粗末な精神を所持しているわけではなかった。
「ってことは…」
 答を受け、バンダナの少年は茶色い目を丸くした。
 本心を疑っているというより、尋ねてはいけない内容だったのではないかと尻込みをしているようでもある。
 似た『オペレーターとナビ』同士であるらしいロックマンも、PETの中で息を呑む。
 緑の目線は、怖くて隣を見られない。
 親友にしてライバルである赤いナビが、どんな顔でそれを聞いているのかを確認しようなどとは、親しい間柄であるからこそできぬ行為だったのだろう。
「ブルースに隠していることくらい、俺にだってある」
 炎山の唇から発された声は、不機嫌でも快活でもなかった。


→ひめごと2

-2005/11/16
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