しろいはな1
 けだるげな吐息に、もし色があるのだとしたら今は何色なのだろう。
 伸ばされた腕に引き寄せられた自分は、どんな顔をしているのだろう。
 強い光を発し続けるベレンスの眸には、対極のような赤い姿が映し出されている。

 露な胸元に面を寄せ、その一点に食指を下ろす。
 粘膜ではない部分で触れられ、それでもびくりと温かい身体は震えた。
 頭を抱きかかえられ、その戒めの中で舌を動かす。卑猥ではないと感じるのは、相手の呼吸にまだ余裕があったからだろう。
 どうしてこうなったのかについて、疑念はあるが疑問はない。炎山が身に帯びている彼に似つかわしくない香気は、ただ一つの答しか導き出さなかった。
 誰がまだ年齢を満たしていないこの少年に勧めたかは定かではないが、悪乗りに付き合わされた炎山が不憫だと思えなくもない。
 そもそも、年上の人間には礼を重んじる傾向にある。それが社会一般の通念であるとはいえ、普段なら堅固に辞退したことだろう。しかし、場が砕けた雰囲気であったのか、はたまた断るには些か良心が咎めるような相手だったのか。流されるままに干した。そう推測するのが妥当だった。
 彼のことを思うなら、好意に甘えるべきではない。無論、それが無意識であっても、弱みに付け込むようなことは恥ずべき行為だ。
 であるのに、逆らう気になれないのは、恐らく日常では目にする機会のない無防備な姿に身体ごと捕らえられているからだろう。本来、物質世界に具象として体現することなど適わなかった身でありながら、それをさせるだけの行使力がある。
 柔らかい胸に舌を這わせ、背後に回した腕で上体を引き寄せる。上向いた突起の先端を舌先で軽く弾くと、吸い付くように全体を覆った。
 ぬめりのない口腔であるにも関わらず、肌に浮かぶ汗がその内側を湿らせる。音が立つまで執拗に攻めると、頭部の上から何度も名を呼ばれた。
 まるで、溺れた人間が何かに縋るようだと思う。それほど忙しない思いが少年の心中や肉体を襲っているのかと思うと、これが欲求だけに起因する行いではないことを自覚する。
 いなくなるなと、半ば命令しているのと同じ強さで、恐らく自分を求めているだろうことは想像に難くない。人間がナビを必要とする姿が滑稽だとは思わないが、そうさせている自身に、喜悦とは別の感情を植え付けた。
 寝巻の下をゆるゆると下ろしながら、もう片方の赤に口付ける。表面を余す所なく使って存分にこすり上げ、色に深みを与えた後、なだらかだが溝のある胸部の線を上方へ向かって舐め上げた。
 引き攣れた吐息が返り、獣のように首筋を噛む歯牙に歯を食い縛る。一本の軌跡を辿るように耳朶から耳裏へ。滲み出した水滴を吸い尽くすように、丹念な愛撫を施した。
 細い息が腕の中で震え、立ち上がった身体との距離を縮めるように、上着の袖を落とした腕が伸ばされた。
 それを払うことなく拾い上げ、まだ長さの足りない手足を前面に密着させる。空気か何かのように抱き上げられて運ばれる様を、熱に浮かされたような目線が追いかけた。けれどその中で燃えている炎は、鎮まろうとする意思すら見せていなかった。
 上質のスプリングの上へ横たわり、炎山はこちらの名を呼んだ。もっと側に来て触れてほしいのだろうが、まだ離れたままだ。足元に膝を折り、剥き出しになった下肢の一つを手に取った。
 それは、まるで重さも感じさせない空中に浮かんだ固形であるかのようだった。
 足首から脹脛に掌を移し、撓う足指の爪に唇を当てる。瞬間、炎山がシーツに沈んだまま息を呑んだのは、こちらの顔を蹴り上げてしまわないよう身構えた所為だろう。
 親指から丁寧に一本ずつ口に含んでは、接吻とともに離れる。切れ切れの断片的な声がその口から漏れるのは、否定に近い心情が喉奥まで競りあがってくるからだ。それでも駄目だと拒絶をしないのは、目に見えない渇きがその心を覆っている証拠だった。
 いつも凛然と聳え立っているものが、厚い雲に覆われて霞んでいる。それも、一種の眺望だろう。孤高に佇んでいるだけでは、引き寄せられる者は辿り着く標すら得られない。これはせめてもの償いなのだろう。あるいは、慈悲の類いか。
 天井に向けて高く掲げた十指をすべて制覇し、踵から膝裏まで更に範囲を広げる。関節の裏側は弾力が乏しいながら、一際ふっくらとしている。柔肌と言うべき箇所に触れる都度、炎山の中心が硬度を増した。その感覚すら自身を苛むかのように、青い双眸を歪ませる。濡れた膜がその表を覆っているだろう事実は、確かめる必要もなかった。
 股を割り裂き、恥部を曝け出させたまま、肩口まで移動する。胸部に跨るようにして口元まで上ってきたものに、相手は透明な瞳を見張った。
 呼吸すら凍らせたように、頭上の黒い輝きを上目遣いで見つめる。覗いた生身の肌に笑みを刻めば、ゆっくりと閉ざされていた箇所が開いた。
 花開くような、と言ったら、幾分仰々しいだろうか。薄い唇に飲み込まれた体積が、内膜の震えを直接受け取る。少しずつ緩急を付けて頭を動かす様は、手管に長けた者のそれではない。自身が施す様子を真似ようとしても、大きさがそれを許さないのだろう。ただ、でき得る限り体内から分泌される液を塗りつけ、施すように、頬をすぼめて奉仕する。鼻から抜ける呼気は、一定のリズムを保っていられないのか、時折二度繰り返された。
 温かい舌が硬い質量の裏面を這い、狭い口腔でくぐもったような音が湿気を伴ってわずかな隙間から漏れ出てくる。動きを手伝うように顔の側面に手を添え、自ら腰を動かした。
 深くならないよう充分に配慮しながら、細かな凹凸のある上顎に先をこすり付ける。頬の裏側の粘膜も、薄いと思っても柔らかく心地良い。多量の唾液によって濡れ光ったものを引き抜くと、強張っていた全身から力が抜けた。
 満足げな笑みとともにそこから退き、下部へ再び戻ると、開いたままの脚の間へ無造作に指を伸ばした。真ん中でそそり立つ象徴を敢えて避け、袋を軽く絞るように掌の中で転がせる。膝を立てたまま大きく揺れた下肢に殊更興を覚え、すぼめられた秘所に黒い尖指を差し入れた。
 数回突いただけで異物を導き入れる仕草は、手馴れている以上に身体がそれを許しているのだろう。性急に求める時以外は決して自由にはならないだけに、欲求に従順になっている程度が推し量れるというものだ。
 それが自然に沸いたものであるはずがないと言っても、不安と相反する感覚に目元が綻ぶ。素直にこちらを望んでくれているのだとしたら、応えないのは良心の呵責よりもおのれに不釣合いだとすら思えた。
 気遣いなど無用だと公言しているように、炎山は手加減など望んではいない。それ以上に、退けた時の反応が気にかかった。あの瞳を見ていれば、結果を得られない場合の落胆の様子が手に取るようにわかるからだ。
 炎山は、彼のナビとして出会ってから今まで、自分には泣き顔を見せたことはない。だが、まるで空の上の高貴な存在であるかのように、高潔な魂が生来備わっているような人種でないことなど明白だ。
 他人から見て強いと評されるのは、それを望んだ人間である証のようなものだ。形成の基本にある意思がか弱いからこそ、成長を自らに課したのが炎山という人物だった。
 その過程を具に見てきたからこそ、そこに懸ける信頼の度合いは常人などを逸して当たり前。ゆえに、脆い部分を否定する気にも、嫌悪する気にもならなかった。
 けれど、弱まった眸の力にだけは抗えない。悪くすれば、自身を見失うほど危ういとさえ思う。存在意義が、完璧という形に近づきつつあるあの姿に在るのだとしたら、力をなくした素の炎山に自分は近寄れないからだ。
 手を伸ばしたいと思うと同時の、絶対に触れてはならない場所。それを知らないことが、炎山が抱く自身への信頼であると断言できる。
 だからこうして身体を重ねることを要求されても、肯定しか導き出さない。いや、何かと理由をつけて、更にと自らが渇望しているだけかもしれない。
 繋がり、与えられるものは、例え現実に注げる術がなくとも、間違いなくあるのだと言い切れる。互いが望みさえすれば、得られぬものなど何もないからだ。
 細い影を真下に、広げた足を腕の線と同じ箇所で支える。挿入した当初の反動は、予想の範疇だ。大きく、複雑な形状をしている他人を受け入れるのに抵抗があるのは、同じ人間同士のそれであっても変わらないかもしれない。
 白い波の上で胸を大きく喘がせ、弓なりに背が首筋が反る。受け流すように唇を噛み締め、解いては乾いた表面を湿らせた。
 開始の許しを請うように声をかけ、かすかな頷きを確認すると、徐に抜き差しを繰り返す。始めは浅い位置で存分に場所を広げるよう腰を使い、奥にまでぬめりが到達するとその深度を増した。自由に距離を往き来できるようになるまで大した時間がかからなかったのは、やはり受け入れる側の抵抗が皆無だからだろう。
 精神的な呪縛から半ば強制的に解放されたかのように、心が浮遊しているような感覚で身体を開く。汗とは別の何かで濡れた眼差しをうっすらと開き、覆い被さる影に腕を絡ませる。それが常にあるまじき媚態であることは、否定のしようがない。皮肉な感傷を抱きながらも、欲望を伴った律動を留める気にはならなかった。
 狭い空洞を穿つように、締め付ける壁を丁寧に解きほぐす。挿入だけで際を得てしまえるほど、今の炎山の肉体は過敏だ。元々自分に見せる性欲には躊躇がないが、ここまで受身に回ることもまた、稀有だと言えた。
 肢体を屈したまま、辛い体勢であることも構わず唇を求めてくる。進入してきた体積を奥深くに感じながら、上も下も一つに繋がりたいのだろう。甘えているようにも映る仕草は、普段であれば主導権はあちらにある。どんなに鋭く強烈な牙を突き立てようと、意思に反する行為を選択することはできない。そして、炎山自身にそれをさせぬ力があった。存在感、というべき生まれながらに備わった気風が、腕の下にしても尚、輝きを失うことがなかったからだ。
 だが、今その気配は希薄になっている。紗で覆われたように、覚束ない、頼りないものだけが眼前に露呈している。以前であれば、こんなものは自身が仕えるべきオペレーターではないと一蹴してしまえたはずだが、すでにその気概は無と化して久しい。
 代わりにあるのは、多少の憐憫と、不道徳とも言うべき妄執だけだ。
 こうして弱みを曝け出して求めているのは、おのれだという過剰な自意識。欲望の一滴すら搾取されても構わないだろう、遠慮のない行為を想像して昂ぶる意思。自我、というべきものは、隠された柔らかい部分に触れたことで飽和寸前だった。
 細い悲鳴のような嗚咽は、しがみついた当人のものだ。間断なく漏れる喘ぎは、聴覚を司る耳のすぐ横で聞こえている。掴んだ足の付け根を引き寄せ、深く抉れば、相応の動きを見せる。留めようのない感応の嵐に埋没しているというより、自らもその熱に加わろうとさえしているようだった。
 一際高く声を放ち、身体を反らした箇所を繰り返し攻める。どこが良いのか、どこが弱いのかはすでに念頭にある。純粋に快感を曝け出すまでをじっくり攻略して行くのもひとつの手段ではあるが、理性が溶解したような今の炎山には酷だろう。全身で快楽を求めているなら、それに従うのが道理だった。
 呼吸の幅が狭まり、肉体の急を告げる。それまで一切触れなかった中心に指を沿え、親指で一度扱いただけで炎山はぶるりと上体を震わせた。一瞬にして漣のような感覚が細胞の隅々まで広がり、額に浮かんだ柳眉の幅を狭める。
 食い込んだ異物を受け入れたまま、腕の下で少年は自らの欲望を放った。


→しろいはな2

-2005/11/22
TOP↑materials by Kigen
Copyright(C) HARIKONOTORA midoh All Rights Reserved.