クリスマスカードと名の付くものが頻繁に出回る季節。
十二月にもなれば大企業の重役を勤めている手前、次々と届くカードを前に、一人項垂れる姿があった。
「あいつら……」
否、と打ち消す。
あまり使い慣れたくはない荒っぽい形容を発しかけて、自制心が働いたようだ。
たかが音とはいえ、それが様々な含みを持つ以上、安易に口に出すことは浅はかなことこの上ない。言えば、一瞬にして自身が他と同じく低能な人間だと認めたも同然だからだ。尤も、今となってはそこまで驕り高ぶっているつもりはないが、ため息とともについつい毒言が漏れてしまう。
「俺を、何だと……」
がっくり、と細い首が前のめりになる。
それをPETから見守っていたブルースは、一体そこに何が書かれているのかが非常に気になった。
打てば響く才能の持ち主であると公言して憚らないほど、オペレーターに対する信頼は厚い。むしろ熱いと言った方が表現としては適切なんじゃないかと光何某に言及されたことがあるほど、炎山に懸ける密かな情熱は並ぶ者なしだ。
それは単に、他に誰も並び立つつもりがないからだと断言できるが、その冷静で物事に動じないはずの主が机の上でこぶしを握ったまま、今にもそこへ突っ伏しそうなほどの痛手を受けている様を黙って傍観するなど、端からできるわけがなかった。
思わず、何事かと問うてしまう。平静を装ったつもりで、声には若干の動揺が含まれていた。
「いや、大したことじゃ…」
先刻から、打消しの単語を幾度となくその唇から聞いている。
それらの背景に精神的な葛藤があるからとはいえ、ここまで頻繁であるということは、よほど重症と受け止めるべきだろう。眉間を険しく歪めてはいないが、できることなら苦みばしった表情で思い切り苦悩したい体だった。
強がりを言う様が却って不安を煽り、ついつい催促してしまう。要らぬこととはいえ、その心情を察したいのだとばかりに名を呼んだ。
「………………」
応える代わりに、少年はもう一度鼻から小さく息を吐き出した。
声をかけられたことで、意識が多少なりと他所へ逸れたのだろう。
やがて低く、ああ、と返事が返った。
「あいつら、七夕か何かと勘違いをしているんじゃないのか…?」
やっとのことで口を開いた炎山は、そう語尾を濁すと腰掛けていたチェアに深々と身を任せた。
「と、言いますと…?」
話の前後を判じかね、ブルースは説明を求めた。
もっと内容を深く理解するために、端末のサイバーワールドから物質世界に姿を現す。
椅子の背後へ周り、背もたれで揺れる白の頭部に近づくように、右の肘掛にその指を添えた。
「これは全部、秋原町から送られてきたものだ」
目線を合わせず、前方に広げられたカードの山を示す。
綺麗にまとめられて横へ置かれた多くの束とは違い、色々な意味で見劣りするそれには、手書きの汚い文字がずらりと並んでいる。炎山の後方からも中身は容易に判読できたが、真実かどうかを今一度確かめるべくブルースはその一枚を手に取った。
顔の正面に持ち上げ、それがどう見ても読んだままの意味でしかないことを悟る。
「……炎山さま。これは………」
完熟マンゴー一年分。
でかでかと書かれた文句に、必要以上の数のびっくりマークが付いている。
他、どれを拾っても、今一番欲しいと思っているらしき願い事が一つずつ書き込まれていた。
一般庶民である光熱斗の級友ばかりか、綾小路やいとやニホンで親しくなった同年代の友人たちがこぞってお願い事を記している。シャイニングマンという、ブルースの知識の中では別の次元で有名なナビのオペレーターからもその手のカードが届いていた。
「アネッタは、『一日デート』だそうだ…」
何の得があってそんな願い事なんだと嘆息しつつ、炎山は心底疲れ切った様子で凭れた箇所へ沈み込んだ。
皆本心から書いた内容であるとしても、嫌がらせとしか思えないという呟きをそのまま拾い、間違いなくそうだろうとブルースは心中で呟いた。
「まあ、どれも無視だがな…」
こんなのはカードに書く事柄じゃないと切り捨て、つと頭上の赤い顎を見上げた。
「おまえは、どうなんだ…?」
深い青色の双眸で見つめられ、何事かと視線を傾ける。
見下ろした視界には、口端をわずかに持ち上げた白い容貌が浮かんでいた。
「何がでしょう、炎山さま」
主語を問うように、近距離から言葉を発する。
もし、と炎山は目を細めた。
「…俺にクリスマスプレゼントを要求するとしたら」
漆黒のグラスの奥から眼前に広がる光景を見つめ、口を閉ざしたまま、影は前を一瞥した。
そこに山となって重なる束を指し示すよう間を置いてから、元の位置へと戻る。
束の間というほど長い時間ではなかったが、その動作が示すことは確認だったのだろう。
おのれの回答と同じものがその中になかったことを幸いと感じていたかは定かではないが。
「俺が、望むものは…」
重なるように、頬にかかる横髪に隠れた小さな器官を捕らえる。
伝わった絹鳴りよりもか細い振動に、くすりと少年は微笑い、厚みのない肩を竦めた。
いつの間にか椅子の脇に添えられていた腕が伸び、その中に収めるように胸の幅を狭める。
決して束縛する意図などないだろう、機械にあるまじき柔らかな動作で、真下で開いた唇に接吻を落とした。
「……俺も、それを期待していた」
濡れた花弁をはためかせ、白の主は祈るように眼を閉じた。
-2005/12/14
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