やっほぃ、と、浮き足立ったような掛け声とともに、メリー・クリスマス、と元気な挨拶が映し出された画面越しに響き渡った。
すでに満面には真っ二つになったお月様も斯くやと思われんばかりの、曲線となった両目がにこにこと笑みを浮かべている。その様子を見るなり、鬱蒼とした青い眼がげんなりと伏せられた。
「メリー・クリスマス……」
記憶が定かであれば、昨日も同じような斎言をのたまったような気がするのだが。
そんなことを考えつつも、自然と律儀な応答が返された。
ぐったりとしているのは、今だに布団の中から顔だけを出した中途半端な状態だからだろう。
「今、何時だと思ってんだよ?」
先ほどまで喜色満面であったにも関わらず、相手の態度を見た途端、日に焼けた顔を顰める。
伊集院炎山の数少ない友人として、イブが明けた日に態々やって来たのだから、もっと増しな応対をしてくれても良いだろうと訴えてでもいるかのようだった。
確かに昨夜は遅くまで、綾小路家の別荘でクリスマス・パーティをして楽しんでいたことは事実だ。炎山を除いた知人らは皆、現実離れした豪邸の客室に泊まったので、少年自身もつい先ほど帰宅したばかりだった。
帰ったら帰ったで、パーティとは別に家で用意されていた両親からのプレゼントを受け取り、うきうき気分はもはや最高潮であったとしても無理はない。
子ども時代を謳歌する者にとって、年末の催しというのは心が躍る目くるめく幸せの日々であるからだ。
「とっくに昼は過ぎてるぞ。今まで、何してたんだよ?」
顰めっ面で問い質せば、ああ、と半分寝ぼけたような声音が返った。
ふかふかの掛け布団から覗いた裸の手が、無造作に零れ落ちる癖のない前髪をかき上げる。
ブルースが、と言いかけ、否、とそれを緩く打ち消した。
大方、一年の溜まった疲れを今日という特別休暇を使って癒しまくっているのだろう。
パーティの席で、彼らのナビが一同に会した折、そう聞いたと、ロックマンが話をしてくれた。
父親は相変わらずカードの一枚を贈っただけで、碌にニホンへ帰って来ないようだが、斯く言う炎山も、この時期にこうして本社に留まっているのは珍しいらしい。いつもであれば、背負った肩書きゆえに、会社の体面で海外のパーティに引っ張り凧だからだ。
今回は、息子が羽を伸ばす代わりにと、社長が先方へ出向いてくれたのだとブルースが言っていたようだが、それもあそこの家らしいと言わずばなるまい。
まったく不健康な生活だぜ、と我が事を棚に上げて肩を竦めつつ、気を取り直して少年は身を乗り出すように語りかけた。
「それより、今日空いてるか?」
延々話しかけ続けなければ、あっという間に深い眠りに埋没してしまいそうなライバル兼親友に、本日の予定を尋ねる。
高揚とした気分をそのまま表すような、活き活きとした声は、寝台で横たわる者のそれとは対照的だった。
「これからみんなで、秋原町のゲーム・ミュージアムにあるスケートリンクへ行くことになってんだ」
だから、一緒に行かないか?、と尤もらしい口調で誘う。
炎山に好意を持っているとばればれの綾小路やいとや、彼のファンであるらしいアネッタら、昨日のパーティに招かれたメンバーが顔を揃えるから楽しいぜ、と告ぐ。待ち合わせの時間はすでに差し迫っているが、遅れても良いから来ないか、と屈託のない声が画面から届いた。
参加者が飛び入りで一人増えただけでも、みんな喜ぶ、とその表情は言っているようだった。
「いや………。申し出は有難いが、先約がある……」
聞くなり、ええ〜っ、と不満そうな反応が返った。
ブルースと、と続く言葉を遮り、魂胆が読めたと言わんばかりに、水色のバンダナの少年から追い討ちがかけられた。
「折角の休みだからって、ブルースとネットバトルの特訓をするつもりだろう!?」
トレーニングは毎日恒例だったようだが、ここのところ別の件で忙しく、まともな訓練をしていなかったことは、同じネットセイバーを兼任する者として充分に理解していたのだろう。
僻むような目つきで頬を膨らませたかと思うと、予想通り、狡ぃ、との一言が漏れた。
当たっているわけではないが、似たようなものだと見切りをつけ、見事な白髪の持ち主は大きな枕に頭を半分沈めたまま呟いた。
「おまえも差をつけられたくなければ、もっと練習をすることだ…」
「…って、おい、炎山!?」
語尾が掠れ、言い終わらぬうちに、すうすうと寝息が整った鼻筋から漏れる。
唇を薄く開き、昏々と眠り続ける伊集院財閥の御曹司は、一向に起きる気配すらなかった。
無防備というか、そこまで眠ることに貪欲な炎山の姿など、滅多に見られるものではない。
空中に浮かんだ透明なディスプレイの中で唖然と口を開き、思わず持ち上がった手を収める場所もないまま佇む通信相手の前へ、彼のナビがホログラムの形で恰好を現した。
すまんな、と端的な侘びを、主に代わって代弁する。
「炎山様は、昨夜あまり寝ていなかったので、大分疲れておいでだ」
本当はそちらの通信があったことを取り次ぐつもりはなかったのだが、立っての頼みだったので回線をつなげたまでだ、と横柄な態度で事情を説明した。
普段であれば仏頂面が常であるはずなのに、その口元に始終笑みが浮かんでいることに、人間の友人はわずかな異変を察したようだ。しかし、それが何を根拠にしているものなのかがわからず、適当に流してしまう。
「…炎山に、言っとけよな」
ふう、と諦めたようなため息を吐き出しながら、友人としての助言を添える。
「あんまり、根を詰め過ぎるなって」
それは皮肉か、と低い呟きがその銀髪の映像から漏れたが、微弱な音を拾えた者は幸運にもこの場にはいなかったようだ。
「とにかく、炎山にはゆっくり休んでね、って伝えておいてよ」
ブルース、と回線をつなげた直後にオペレーターとともに訪れていたロックマンの伝言を受け取り、わかったと返答するなり、長身の影は早々に電波を遮断した。
「熱斗君。僕たちは、楽しもうね?」
振り返り、サイバーワールドに映写された親友へ向かって、電子の友人は笑いかけた。
勉強や特訓より遊びを優先することなど端から承知の上で、彼なりの気遣いだったのだろう。
良かれと思って誘いに来たのに、無下に断られることは、頻繁ではないと言っても珍しくはない。しかしそれも、相手が炎山では仕方がないと思っているのか、予想したより落胆は少ないものであったようだ。
「ああ。じゃんじゃん楽しんで、バトルでも炎山をぎゃふんと言わせてやるぜ!」
そのためには猛勉強が必要なんだけどね、と内心で苦笑を漏らしつつ、でも、帰ったら宿題をやるんだよ、とアドバイスを口にする。
「そんなのは、後、後!!」
心配げな忠告をものともせず、少年は仲間が集まる遊技場へ颯爽とスケートを滑らせた。
-2005/12/25
→next_text 春に似た風