モアザン
 呼吸を楽しむような、軽快なキス。
 掠めるように先端に触れ、会話するように表面を滑る。
 タイミングを見計らったように押し当てられ、熱さも重さも感じさせずに離れ、開いた瞼の奥を覗き込む。
 羽のような。花びらのような。
 繋がることが目的ではなく、互いの存在を視覚という動作でも感じ合う。
 昼にはまだ早い、午前中の澄んだ光の中で、それはどちらからともなく始まった。
 逞しい腕の中に捕らえられ、けれどその戒めを解くのは命じるよりも易い。軽い動作で壁へ追い込まれたまま、窓硝子との境に身をずらす。
 上空で揺れる二つの影は、一方が一方を捕らえる必要もない。ゆりかごが揺れるように温もりを知覚し合い、何度も何度も繰り返す。
 薄く開かれる目線が万華鏡のように万化することを知っているかのように、打ち寄せる波を与え合う。
 触れ、感覚が途切れ、吐息のように重なり合う。
 まるで相手を呼ぶように。囁くように、そして、紡ぐように。
 ここにいる。在る。確かな思い。そこから派生する熱。安らぎと空想と身の内から涌き出てくるような幸福。かすかな喜びに似た、薄い蜜。
 強固でも濃厚でも執拗でもない。
 ごく近い距離から与え合うだけの、日常的営み。
 生まれるものに確証などない空気のような交接。間接。直接。
 求め合い、貪り合うのではない、かすかなアンテナを近づけ合うだけの束の間のキス。

 繰り返し、繰り返し。透き通るような光が包む世界で、飽くことなく、離れては見詰め合う。
 ここにいる。ここに在る。
 そのことを感じるだけで、平凡な時を感じる。
 呼応し合うように、自分以外の他者を容認する。受け入れる。いてくれることが、ただ嬉しい。
 そこにいる。ここにいる。
 今、目の前にいるのは。
 互いが持つ呼称を耳元で囁くよりも雄弁な、内に触れるキス。


-2006/06/04  →Blu*En12T_いつも
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