重苦しい何かに覆われたままのように、はっきりとしない目覚めがあることを知る。
無論それが、日常的な朝の光景であることは言うまでもない。
覚醒を促すはずの存在がいない毎日は、更に試練の日々になるだろうと思われた。
けれど、在るべき者を見失った自分には、平凡な毎日を送ることのできる精神すら残ってはいなかった。
泥沼から引きずり出されるように、半ば無理矢理肩を揺さぶられ、混濁した意識を解き放そうと試みる。果たして効果があったのか、瞼を開いた先に飛び込んできたのは、不安げな少年の顔だった。
「無事だったのか、炎山…!!」
薄く目が開かれた途端に、泣き出しそうな声が漏れる。
不機嫌な面で睨み付けながら、名を呼ばれた側はようやく事態を把握し始めた。
ここは、家の私室の次に、最も身に馴染んだ場所。
IPC本社の副社長室の壁に、もたれかかるようにして毛布に包まった自身がいる。手触りからして、この身体を包んでいるのは備え付けられた棚の最上部に収納してある仮眠用のものだろう。熱斗がわざわざ被せてくれたものなのだろうか。だが、彼はこれがある所を承知しているわけがない。知っているのは、室内を清掃している業者の人間か、頻繁に部屋を出入りする秘書くらいだ。
自分は、なぜか下着の一枚も纏っていない全裸だった。
「状況が、よく、…飲み込めないんだが…」
気管をひどく傷めている人のように、乾ききった音だけが漏れる。
実際に痛みを感じるわけではないが、擦り切れたような疲労感が喉の内側全体を覆っているようだ。
鼻を啜りながら、ニホンの友人の一人はかぶりを振った。
「俺だって、わけもわからずここへ来たんだから説明できるわけないだろ」
ただ、と後ろを振り返るように、背後に収納している自らのPETを一瞥する。
「ロックマンが、ブルースの信号をキャッチしたって言うから…」
「ブルースの…?」
耳に覚えのある名称を、炎山は聞き逃さなかった。
「すっごく小さいパルスだったけど、確かにブルースのだったってロックマンが言ったから」
発信源を探してみたら、ここにおまえがいたのだと、少年は先刻の動揺から大分立ち直った様子で告げた。
何で裸に毛布一枚の姿でここにいたのかという件に関して言及はせず、炎山と再会できたことを心底喜んでいるようだった。
だが当の本人は、相手の言葉を噛むようにして、ただ黙って聞いているだけだった。
そうか、と、返答が返ったのは、しばらく経った後だった。
「心配をかけたな」
冷淡と言えば冷淡な、素っ気ない謝辞が続く。が、それもある意味少年らしい返事だった。
そしてまじまじと茶頭の友人を見上げ、紺青の双眸の持ち主ははっきりと放言した。
「…心配をかけたついでに、おまえに頼みがある」
覚醒直後のあやふやさを完全に払拭したとは言い切れないが、口調はすでに以前と寸分もたがわぬものだった。
横柄で、上からものを言うような態度。けれど、間近で接していれば、それが単なる癖であることを見抜くのにそう時間はかからない。
「科学省に連絡を取って、光博士と名人に面会を申し出てくれ」
どうやら、今は早朝のようだ。
朝の弱い熱斗を叩き起こしてまで、ロックマンはブルースから送られた信号の発信元を伝えたかったのだろう。そこに、自分がいるかどうかの真偽は別として。
それから、と炎山は言葉を継いだ。
「どこからか、俺に合う車椅子を調達してきてくれ」
このままでは、恐らく一人では歩けそうもない。
片頬で笑みを作ったつもりだったが、引き攣った筋肉は滑稽な歪みしか頬に表情を刻まなかった。
→永い眠り2
-2006/09/05