最奥を突くように黒い掌が薄い腰を掴み寄せ、緩急をつけず強く突き上げる。それだけの所作で女のように鼻から泣くような声を絞り出し、何度も内部を痙攣させる。
一体どちらのものかもわからない興奮に包まれながら、激しい律動の中、互いの射精が近いと感じた。
背後から、獣よりも貪欲な恰好で貫かれながら、大きく開いた足の間から繋がった部分を凝視する。もはや羞恥よりも過度の熱情が先走った神経には、禁忌というものは存在していなかった。
声にならない音が一つの形容だけを繰り返す。
駄目だ、と理性で抑えていたはずの枷は当に外され、際限なく熱い楔を望む願望しか脳内には残っていない。小振りの尻が壊れるくらい猛りきった牙で幾度も突き上げられながら、誰も届かない未知なる場所へ熱湯のような粘液を解き放たれた。
後背から繋がるのが好きだと指摘されたことはないが、すでにブルースは気づいているだろう。
けれど、正面から飽くことなく肉体を絡ませ、唇を戯れさせる真似も嫌いではないし、相手にすっぽりと両腕で抱え込まれる様も心地良いものだ。腰に負担をかけずにより深く結合するという合理的な理由から後方からの交合を選んでいるのだとしても、結局のところブルースとのセックスに耽溺している事実に相違はないのだろう。今更否定するつもりはないが、間違っても背徳的な体位だから多用しているわけではないと思いたい。
何を取り繕っても自身の欲望を正当化させることはできないと悟りながら、先にバスルームから退出した赤い影を探すように、少年は髪を拭った白く清潔なタオル越しに辺りを見回した。
湯に浸かったわけではないとしても、長時間密室で戯れ続けていれば上せもする。軽く眩暈を覚え、慌てて差し出された冷たい水に手を浸したことを思い出す。彼は飽くまで忠実に、主の体力が戻るまでを見守っていた。
ブルースは機械である以上、感情が面に出ない。その基礎となる部分が形成されていないだけなのだが、欲情はする。肉体に及ぼされる、人間で言うところの潜在的な欲求には従順であり、発情した時は手に負えない。申し訳ありませんと言葉では言うが、制御できない本能のようなものに突き動かされるように、手加減することなく身体を求める。
肉体的にはどうであれ、それは特段何の不便もないことだった。
求められる対象が自分であることや、おのれでなければブルースの激情を沈静化させられないと考えれば、オペレーター冥利に尽きるというものだ。誰かの口癖を借りるつもりはないが、自身のナビに選ばれるということは、見えないつながりのようなものを実感できるからだ。例え気の迷いだとしても、二人で同じ大地に、対等な立場に立っているような気がするからだ。
本社に備え付けられた私室よりも広さのある寝室にブルースの姿はなく、足元だけを照らす頼りない照明が視界を柔らかく包み込む。
カーテンのない室内の東に配されたガラス窓からは、外の景色が雪明りとなって差し込んでいた。
「…ブルース…?」
思わず声を漏らし、水が滴る前髪の隙間から周囲を窺う。
誰もいない孤独というものに慣れることは、恐らく永久にないのだろう。
生まれたばかりの頃は常に母親が側にいた。彼女が公用で出かける時は代わりを務める者が自身を気にかけてくれた。実母が去ってからは、ブルースが。
そうだ、いつも傍らにいると信じられたのは自分のナビだったのだ。
さらに扉を開き、辿り着いた隣室のデスクの前に、捜し求めていた姿があった。
何をしている?、と問われ、長身の人物は幾分ぎこちない動作で振り返った。
「…ああ、今日も何通か届いていたのか」
ふと視線を落とした先の机上には、季節が近づくと複数の相手から贈られてくるカードが入った封書があった。
プライベートな知人から、数少ない親戚や公的な立場の人間まで。
年齢には不釣合いではないかと思われる政府の高官からも届いている。尤も、それを言い出せばネットセイバーを勤めている光熱斗も似たようなものだろう。数が途方もなく多いのは、取引先との付き合いがあるからだ。
カードのほとんどは印刷物で、滅多に手書きのものはない。ニホンで言うところの年末年始の挨拶も兼ねているため、特に海外の支社や知り合いからの物が多かった。
先日は、アメロッパで懇意になったラウルという青年からも届いていたことを思い出す。
「……俺が贈ったカードも、そろそろ届く頃か」
「先刻、その件に関してラウルとサンダーマンからメールが届いていました」
そうか、と薄く口元に笑みを宿し、炎山はブルースの背に隠された封書を一つ拾おうとした。
その手を、素早い動きで制される。最大限の配慮が窺える力で掴まれた手首を見つめ、思わず上空の顔を見上げた。
あからさまに狼狽したように、慌ててブルースは自身の手を退いた。
「も、申し訳ありません」
ナビは、動揺などしない。
それを有言実行しているはずの相手が、躊躇した原因である赤い封筒を炎山は無言で見下ろした。
「………?」
拾い上げ、眼前にかざし、ふと奇妙なことに気がついた。
ベルベッドを思わせるような深紅の紙面に見たこともない筆跡で黒い線が引かれている。多分に、大人が書くような整った文字ではない。炎山の母親の国の言語で宛名が記されたその下には、言葉で聞くには馴染みの深い、しかしそれを実際形として目の当たりにすることは滅多にないサインがあった。
「ブルース…」
これは、おまえが…?、と目線で尋ねる。
「は…、その」
口篭り、長い銀髪を蓄えた側は不意に顔を横へ逸らせた。
視線を合わせないままの問答は、リアルな世界であれば礼儀に反していたとしても多少の違和感で済む。
「知らなかったな……」
返らぬ返答にさほど気を悪くした様子も見せず、ぽつり、と炎山は呟いた。
浅く伏せられた面に豊かな前髪が柔らかな影を落とし、感慨深げに言葉を告いだ。
「実体化できるということは、こうしておまえの書いた文字も見ることができるんだな」
ブルースがどうしてこんなことをしようと思ったのかはわからない。
だがインターネットシティではオペレーターに依頼された実用品や現実世界の品々をナビが探し出し、注文することは日常茶飯事だ。
飽くまで使用するのは肉体を持つパートナーであり、データの世界に存在する彼らにとっては不必要な代物であることは言うまでもない。けれどこうして現実に存在する者となり得れば、筆を取って祝辞をカードに書き込むことも可能なのだ。
よもや、自身のナビの書いた字面に触れる日が来ようとは。
「………………」
ありがとう、と空気が振れる。
徐々に冷えてゆく室温を気にしつつ、赤い腕が無造作に小さな影を包み込んだ。
「あまり長居をしては、お体に障ります」
早々に寝室へ移動するべきだと促され、愛想のない態度に思わず炎山は苦笑を零した。
確かに自分も、真正面から礼を言われるのには慣れていない。
「その前に、やり残したことがある」
ぐっと伸び上がるようにかかとを持ち上げ、人よりも硬質な頭髪に隠された首の裏に片手を伸ばした。
「……カードの礼だ」
悪戯っぽく上目遣いで告げ、下方から唇を押し当てる。
軽く触れただけでは終わらず、かすかに開いた隙間から細い舌を伸ばして相手の肌の形を辿った。しっかりと濡れるまで舌を這わせ、緩く開かれた箇所に柔らかい先端を差し入れた。
抱え込まれていた腕に上部へ引き上げるような力が込められ、密着は身じろぎするほど深くなり、さらに他者との距離を縮めた。
「身に余る光栄です」
口と口との交接から解放された後、ブルースは満足したように微笑んだ。
→ゆきの届けもの2
-2006/12/03
→Blu*En12T_はじめて