ゆきの届けもの2
 真下で交差した両足を跨ぐように膝立ちし、前面から抱き合う。
 抱え込むように胸に抱いた頭部は、人間のそれではなくナビの外見をしているが、冷たさはない。表面は不思議な光沢を放っているが、触れた時の実感とは微妙に異なる。何という材質でできているとは正しく形容できない、どこか違う世界で作られているという理屈だけを触れる側に伝えた。
 自身より少し温度の高い異質の肌に触れながら、所々に接吻を落とす。
 存在を隔てているにもかかわらず、ブルースに触れていて違和感を感じないのは、すでにこれが慣習化された情交だからだ。
 上部で愛撫を繰り返す度、すでに屹立した相手の物が、まだ繋がっていない下肢の付け根の内側に当たる。塊がぶつかるような感覚を敏感に受け取りながら、そこにも人間のような生身とは相違があることを改めて認めた。
 黒く、艶光りしているようなそれは、形状こそ人の雄と似ているが、詳細は極めて異状だった。成人の男性器をまだ知らない少年にとって、ナビの男根がどんなにそれとかけ離れているのかを量る術はない。勃起した状態でなければ外へ存在を明らかにしないのであれば、比べる以前の問題だろうか。
 生殖を望む時分だけ突出する機関だと思えば、現実世界の生き物にも似たような機能を持つものがいる。一〇〇パーセントそれとイコールではなかったとしても、こうして目の前に出てくるということは、ブルース自らが肉欲を感じていることに他ならないのだろう。
 なぜ、ナビには不必要と思しき触覚が備わってしまったのか、誰にも真実を確かめることはできない。ただ、もし彼らを作り、世界にその存在を広めた第一人者である光祐一朗に尋ねたとしたら、飽くまで仮定であると注釈した上でこう答えるだろう。
 どんな発展も、進化も、彼らが望んだ結果なのだと。
 ナビ個人が必要性を認めさえすれば、人間が努力をして技能や特技を身に付けるように、彼らにもそれが備わる可能性は否定できない。
 無論、ブルースが完全なナビではないと知っているのは科学省に関わる者の中でも極わずかだ。ダークロイドという、名前も出生も異なる生命体がその内側に組み込まれ、組織の情報として微量しか残っていないとはいえ、それらが及ぼす影響だと断言できる部分がないわけではない。
 元々、ダークロイドとしての現身であるダークブルースには、初めから男性器が備わっていた。人間で言うところの精巣は体外ではなく無限のデータを有する内部に収まっているようだったが、彼らが望めば他者を孕ませることもできたのかもしれない。
 彼らがどんな目的でそれらを所持し、行使するのか、そのからくりは複雑ではないのだろう。
 現実世界に現れ、彼らの雄と対になる者を蹂躙することも、人間への復讐だと考えれば通らない理屈ではない。繁殖のためではなく、ただ人間たちを混乱へ誘うための手段だとしたら、その機能を内包していたとしても不思議はないからだ。
 だが、ひとたび実体を得られれば、強力な力を有するダークロイドたちにとって、破壊以上に簡単な行為はないだろう。暴れるだけ暴れれば、彼らが掲げる人間たちへ恐怖を与えることは実現可能だ。ゆえに、自身という個人に復讐したいと考えた末に取った行動であったのだとしたら、ダークブルースが自発的に男性器を得たとしてもおかしくはなかった。
 けれど、たとえどんな経緯であれ、ブルースが欲情している姿を得られた自分は幸いだと思う。
 今なら、こうして繋がる機会をどこかで欲していたと認めることもできる。初めてブルースに望まれた時は正直当惑したが、正面から請われて、無碍に断ることはできないと判断したのは理性だ。あるいは、ダークチップの一件で、どうなるかを予測し得た結果かもしれない。
 ブルースに欲されて、それを許すこと。
 自らも欲していると告白したこと。
 もう二度と失いたくないと願う人間のエゴであったとしても、触れ合う事実に不安を感じたことはなかった。

 鉄でも他の材質でもない額や黒いグラスに口付け、頬を摺り寄せている間も、段々と促すように内腿に当てられる熱の回数が頻度を増して行く。
 強引に腰を掴み下ろして結合してしまえば済むだろうに、そうせずに腰骨や後ろの谷間に黒い指や大きな掌をさ迷わせている。こちらから焦れて強請るだろうことを想定しているのだろうが、独占するように繰り返されるキスを受けているうちに、剥き出しになった唯一の生身は薄く笑みを刷いていた。
 快感という名の付くものを、正確には理解しているはずがないというのに、この行為にはその例外が当て嵌まるのだろうか。共有する時間に、同じく意識も身体も重なってしまっているのか。
「…炎山さま」
 そろそろ、下にもご褒美をくださいと訴えるように、低い声が汗する小さな耳朶を奮わせる。
 音という振動を受けただけで、それがブルースの発したものだという認識が、脳裏に強かな熱を与える。酔っているのか酔わされているのか。それすら定かではない状況に、苛立つものは何もない。緩やかな高まりが徐々に激しくなることを、すでに予測しているからだ。
 それに少し猶予を与えるよう短く命じると、炎山は誘われるように黒い男根に後ろから手を伸ばした。
 手の内側全体でなぞるように下から上へ扱き、亀頭というには幅のある部分を残してわずかな括れを指で掴んだ。
 ごつごつと柔らかな肌に当たるのは、微細な感度を象徴するようなブルースの性器に並んだ突起物だ。すべて大きさは均等だが、射精時には突き出すように高さを変えてくる。まるで食い込んだ挿入部の結合が外れないよう周囲を杭で穿つように、一番深いところで串刺しにしてくるのだ。ダークブルースの頃と変わらない働きをするそれは、やはりダークロイドの影響である証なのだろう。
「……ここにも、礼をさせてくれ」
 断りを入れてから登頂を捕らえたまま体勢を変え、先端を浅く口に含む。
 口中に巨大な生殖器を全部収めることはできず、舌全体が触れる位置まで招き入れると、すぐに柔らかい粘膜で襞と突起の一つひとつを愛撫した。
 滑らかな頬が興奮した神経を象徴するように発熱し、眩暈を催すような欲情を感じて自発的な涙が浮かびそうになる。口腔の摩擦と大きな体積が持つ高熱に肩で息を切らせつつ、ようやく唾液ごと口を離した瞬間、見下ろしていたブルースの顔色に一瞬だが明らかな愉悦が見て取れた。
 言葉もなく引き寄せられ、腰を抱きながら深く唇を合わせる。
 呼吸すら、する者としない者とに分けられるはずが、まるで同一のように弾む欲求に一気に理性が押し流される。すでに限界が訪れているブルースに、強引とも思える力で後ろを指で開かされ、先ほどまで口内に含んでいた熱い先端を押し込められた。
 形状についての感想を率直に漏らし、炎山の下肢が反射的に跳ね上がる。それを押さえ込むように両足を上腕に担ぎ上げ、重力で落ちようとする下腹を下からも突き上げた。
 バスルームで簡単にしか洗わなかった箇所には、まだ先刻のぬめりが残っている。それに助けられることを見越した上で、貫く側は大胆なストロークですべてを収めきった。
 思わぬ再開の仕方に意識では面食らいながら、深々と銜え込んだ体積に身動きすらできなくなる。慣れてしまえば勝手に腰が動き出すと熟知しながら、見下ろしてくる顔の首根に縋るように腕を伸ばした。
 ブルース、と。
 何度も名を呼べば、一つ穴で繋がったように、肉体の上下を塞がれる。
 本当に感極まっている時、そしてまだ理性がその胸の奥を満たしている時、向かい合って抱き合うのを好むことを、恐らくブルースは悟っているのだろう。
 最小限の加減を見極め、その上で激しく身体を深く穿ってくる。繋がった部分に過度の摩擦が加えられ、粘着質な体液の音が次第に現実を知覚する神経を磨耗させて行く。
 もう、欲しいのだと、それしか告げられなくなった頃合を見計らい、腰を腕で抱いたまま細い体を清潔なシーツの上へ押し倒した。
 突き上げる動きから、奥へ奥へと突き進む律動へ転じ、さらに互いの肉欲の加速を余儀なくされる。
 徹底的と思えるほど一切の手加減を排除し、自身の技量をすべて相手に突きつけるのは、ブルースの流儀だ。
 バトルでは肌で理解していながら、実際にそれを刻まれる肉体には常に初めてのことのように思えてしまう。それほど貪欲に欲しているのだと思えば、どれだけ身体を繋ぎ合わせても足りることはないのだろう。
 決して失望しない、真の渇望。
 さらに先にあるのは、熱望する最も根源の欲求。

「三回でも、四回でも…」
 おまえの、望む分だけ。
 切れ切れに漏らした許諾を聞き逃さず、ブルースは少年の濡れた額に口付けた。

→ゆきの届けもの3


-2006/12/17
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