二人の時間1
 幾重にも複雑な流線を描いたシーツに、骨張った四肢が這うように伸びる。
 抑えようにも留めきれない躍動を背後から受け、忙しない呼気が開放された唇から無数の粒となって溢れた。

 まるで腰の一点だけで拘束されたように、激しい突きに抗うことすら忘れて声を漏らす。
 一度許してしまえば、どんなに強靭な精神力を行使したところで、意のままにはならないのだろう。いや、すでに抑制の意思すら、思考という形を成さない頭ではその片鱗すら残っていないのかもしれない。
 長く伸びた手足は、幼い頃習得した護身術の甲斐あって貧弱とは言い難い。鍛錬の割に肉付きが乏しいのは、恐らく遺伝なのだろう。母親は元々大陸の人間だったが、彼女の家系も体格の良い部類には入らなかった。極力食事に気を配っているというより、恵まれた分だけ栄養を摂取し、それを体面に表せるような人種ではなかったということだろう。
 ただでさえ着痩せをするというのに、上腕や胸部がさほど厚みを増さないのは気の毒としか言いようがない。それでも均衡が保たれていれば、比較対照さえなければ文句の付けようがないだろう。
 不思議な律を体現しているような、人の身体。
 その肉体を思う存分押し広げ、後ろから貫いている側には凡そ遠慮というものがなかった。
「っブルース………」
 間断なく漏れる呼吸に紛れて、後ろで繋がった相手を呼ぶ。
 顔を半分以上枕に沈めながらも、白い頭髪を揺れに任せて躍らせつつ、腰を前後に突き出す影に視線を浴びせる。
 彼の持ち物である青の双眸は、昔よりも濃い、はっきりとした色彩を大人びた容貌に刻み付けた。その、年を経ても整ったままの表情が、与えられる注挿によって濡れた眉間を険しく歪ませている。
「炎山さま」
 場を満たすように繰り返される粘着質な水音に掻き消されることなく、淡々とした声音が汗を刷いた眼下の白い背に降った。
 際が近いことを察しているのだろう。調子は飽くまで一定でありながら、声の質そのものがどこか淫蕩な笑みを髣髴とさせる。
 名を呼ばれたにもかかわらず、繋ぎとめられ、貫かれた者は応答を返せず歯を食い縛った。
 会話を楽しむつもりなら、少しは手加減をすべきだ。それを知っていながら攻めの手を緩めない姿態は、罪人を苛む赤い鬼であるかのように映る。
 それでも懸命に喉奥から音を発しようと、細い喉仏が動く。乾ききった気管からは、掠れた喘ぎと鼻から漏れる嬌声しか届くことはなかった。
 炎山さま、と、尋問するような声が届く。
 ああ、と辛うじてそれを受け、引き寄せられ、更に高く掲げられた下半身を振り返る。
 背筋が逆の方向へ曲がり、頭部に直接振動が伝わる。柔らかい枕から何とか這い出るように腕を突っ張り、幾度も唇を舐めた末に答えた。
 中に、と、覚束ない舌を操る。
 相手の精を受けてともに果てたいのだと懇願する。しかし、それは似て非なるものだった。
 吐き出してくれと願うのではなく、強制を伴う命令。
 欲求するのと同じ強さで、青年となり、成長した肉体を得た炎山は、ブルースに命じた。
「炎山さま…」
 呟きは、故意なのだろう。
 日常であればすぐさまオペレーターの要求に応じるはずのナビが、答を濁すように名前だけを口にする。
 もっと請わなければ受け入れられないと拒絶するような傲慢さを持って、強烈な刺激を受けた反動で弓なりに反った背筋へ覆い被さるように、支柱にした腕の間を狭めた。
 鋼のかいなに囚われた獲物のように、益々追い詰められた炎山は、促されるままに歯の根が合わなくなった口を強引に開いた。
「俺の、中で……、ッおまえの……」
 それに付加されるべき名称は、悲鳴へと変わった。
 了承の代わりに、一際強い波が腰から脊髄を通って脳へ伝達される。
 反射的に跳ね上がる動きすら留めようもないまま、全身を震わせ、シーツを掻き毟るように足指に力を込める。
 容赦なくぶつかり合う音が、接合部の濡れた音に反響する。一方的な攻めに、蹂躙される側は羞恥を忘れて声を放った。挿入の速度が増し、最も敏感な一点を突かれて、下になった者が大きく肩で喘ぐ。
 露な雄の性器もそのままに、繋がった部分だけで二つの性は極限を向かえた。


 荒い呼吸が、静まり返ったはずの室内を乱す。
 事が済んで久しいというのに、余韻に胸を喘がせているのは体力の消耗を物語っているも同然だ。加減はある程度必要だと認識しているが、我慢すること自体が不慣れな若造であるかのように、いつまでも睦み合ってしまう。
 身体を重ね始めて随分な年月が経つというのに、慣れてしまわないのは、互いの欲求がストレートであることが災いしているのだろう。
 近過ぎる、と評されることもある相性以前の存在意識が、双方に過剰な興奮を興させているのだ。
 横になったまま抱きかかえられた腕の中で、満足げな吐息が漏れた。
「………まるで、盛りの付いた動物だな」
 疲れたような笑みの中にも、充足という名の実感があるのだろう。
 早朝であるにもかかわらず、まるで夜半を過ぎてからの交わりのように没頭してしまったことを抵抗もなく容認する。
「否定はしません。炎山さまに限って、俺は」
 際限を知らない貪欲な獣であることを認める。
 鼻で小さく笑う声が届き、胸のプレートをかすかに曇らせた。
「今日の仕事は、確か午後からだったな」
 はい、と率直な返答が返る。
 昨夜は別々に休んだが、結局朝求めたのはどちらからというわけではない。
 いつもより遅めの起床を促し、少し話をしたところで、互いの腕を絡ませ合っただけだ。茶飯事以上に、日常的な行為ではある。
 無論、義務などではない。
「もう少しお休みになられても、不都合はありませんが…?」
 肩口に頭部を預けるようにして安らぐ、白い髪を一房掬い上げる。
 黒い指に乗せたまま口元へ運んで行けば、薄く笑みを刷いた相貌が近づいた。
「そうだな。…もう暫く、このまま……」
 緩やかな時が再び流れ出すかと思われた瞬間、あどけない声が彼らの鼓膜を打った。

「炎山さま…?」
 無邪気な声音に、場を満たしていた空気がぴたりと止まった。


→二人の時間2

-2005/11/25
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