低い温度2
 叩きつけるような水音が、重なり合った影から忙しない呼気とともに吐き出される。
 後頭部の付け根を押さえられるようにして支えられ、交わった唾液を交換し合う。
 時折、頬をすぼめて吸引し、間を開けては伸ばした舌先で柔らかい粘膜を弄る。敏感な部分を擦られる度、まるで性器で直接愛撫を施された内側のように、炎山の半身がぶるぶると震えた。
 交わってからものの数分も経たないうちに屹立したナビの男根に整った指先を添え、片方を少女の額に預けたまま、利き手で器用に奉仕する。動きが幾分ぎこちないのは、他人の気配がそこにあるからだろう。
 構わず、執拗に貪った口を離し、促す意味で名前を呼ぶ。
 強制力が働く場合、名に敬称をつけていようとも、それは本来の役割を果たさない。請われているのではない、明らかな行使に、青い瞳がわずかに伏せられた。
 自ら分泌した液で濡れた唇を動かし、声にならない音を紡ぐ。
 ほのおを、とそれは言った。
 この場にそぐわない異端者である幼い娘を、自身のPETへ戻すよう、炎山は黒い柳眉を潜めて操作できる唯一の者を見上げた。
 それを冷徹に見下ろしてしまうのは、先刻感じた些細な不興が原因であることは明白だった。
 そのまま、と無情な声が落ちる。
 聞くなり、白い面はわずかに強張ったようだった。試すようにこちらを見つめていたが、意を決し、身を屈めて先端を赤い口内へ導き入れた。
 極力相手を気づかせぬよう、くぐもった喉の奥で舌を蠢かせる。
 影響を苦慮して思い切り吸い上げることもできず、もどかしげに顰められた表情が視界に映し出される。添えた手を上下に動かし、天を仰ぐように撓った雄の亀頭を丁寧に吸い続けた。
 自分たち以外に部外者の存在が知らされてさえ、臆することがないというか、度胸があることは認めざるを得ない。
 当然、この状況が炎山の興奮に作用するわけはなく、反対に不快を抱いているだろうに、行為を咎めるわけでも、中断を唱えるわけでもない。尻込みをするでもなく、懸命にこちらの意を汲もうとする姿勢は、やはり賛嘆に値した。
 炎山にとって屈辱というものは、ゼロではないが、当人を完全に屈服させるほどの力を持っているわけではない。それがどうしたと言い返してしまえるほど、据わった精神が根底にあるからだ。
 臆病でもなく、豪胆でもない。ただ只管冷静であることは違えようもなかった。
 その落ち着き払ったような面に、やがて透明な汗が浮かんだ。もっと深く相手を咥え込みたいのに、そうできないジレンマのようなものが潜められた眼差しに映る。状況が我が意にそぐわないとはいえ、口淫そのものを嫌悪しているわけではないのだろう。
 強められた視線に、いつしか哀願のようなものが混ざり始める。それだけで身の内に蟠っていた焦燥が消化されたと言えば、それがどれだけ効力を秘めた光景であるかは筆舌に尽くし難い。
 炎山が真に欲しているのは自らなのだと察し、直接的な刺激を受ける表面よりも深い部分で、自身が歓喜していることを実感した。
 脇へ放っていた片腕を持ち上げ、ほのおのデータに触れると同時に、彼女自身に圧縮を施し、PETの中へ収納する。これだけ深い眠りに落ちていれば、朝までその状態が解除されることはないだろう。
 幸福な夢裡を漂っているだろう我が子を見送り、ブルースは真下にある白い頭部を頭髪の上から抱くように、そっと引き寄せた。
 強過ぎない力で、熱く湿った口中に自らを押し込む。待ち構えていたかのように、ほっとした様子の炎山が動きを再開した。
 寝台に腰掛けていた体勢を変え、両膝を付いて受け入れやすいよう高さを揃える。
 生身ではない竿の裏側に連なった突起部分をひとつ一つ丹念に舐め、歯を立てないよう横から口に挟み、薄い唇でなぞるように距離を往き来する。慣れた手管ではあるが、自らも楽しむことを知っている動きは、緻密で計算高く、そして何より炎山自身を昂ぶらせた。
 上部で濡れた音を何度も立てている間に、反対側の手がそろりと下衣へ伸びる。
 ベルトのないズボンの止め具を外し、適度に熱を帯びた自らの欲望を刺激し始めた。
 肉付きの少ない腰を動かし、上質な愛撫を上で繰り返しながら、高まり行く欲求の充足に没頭する。
 清廉と評して誰も異論を唱えることはないだろう見目の青年が、自らの先走りの液を指で掬い、更に奥の深い位置へ施すようにその腕を伸ばす。見下ろしているだけで欲情が限界を迎えるのを、ブルースは黒いグラスの底から注視していた。
 唾液で濡れ、黒光りする陰茎を深く飲み込み、緩急をつけて顔を上下に動かす。
 手を加えれば加えた分だけ凶器と化すことを知っていながら奉仕するのは、相手に同様の快感を得させようとしているからだ。それゆえに、一方的なものではないという確証が得られる。
 おもむろに温かな口内から自身を引き抜くと、ブルースは炎山の身体を押さえつけた。
 驚いたように何かを発そうとして、必要以上に大きな体積を含んでいた部分は正常に音を奏でるまでには至らなかった。
 浅い呼気が耳を打ったが、構わず下着ごと下衣を剥ぎ取り、折り曲げるように腰を上へ突き出させた。
 完全に上空から支配する側へ回った者は、開かせるように内側の柔肉を太い指で押さえ、入口を塞ぐぬめった炎山の二本の指に舌を這わせた。
 たったそれだけの所作で、ぞくぞくと白い下肢が震え、硬さを増した炎山の分身が小刻みに頭を振る。
 視界に晒された箇所を隠すように細い器官をうずめたまま、シーツに沈んだ炎山が苦悶に双眸を歪めた。
 力む都度、異物を銜え込んでいる秘所が淫靡な水音を立てる。
 緊張のため無意識にそこを引き絞り、強めてはその圧力に過敏に反応を示しているようだ。
 その一部始終を近距離で眺めているのも面白いかと思ったが、そこに炎山が欲したものを宛がうことが、自身にとっても最良の選択だったのだろう。
 殊更ゆっくりと、収めきった中指と薬指を掴み、不規則な痙攣を示す下の口から引き摺り出す。
 他者の意図によって引き抜かれるという行為そのものに感応しているかのように、炎山の入口が卑猥な収縮を見せた。すべての行いが淫猥であると評すのは、それらを間近で見ることの叶う者だけだったろう。
 やがて邪魔者を一本残らず取り去ると、間髪を入れずに、ほぐされた場所へ昂ぶる自身を押し当てた。
 圧倒的な質量を肌に感じ、身じろぎしようと上体がシーツの上で振れる。取り合わず、体を屈し、圧し掛かるように無防備な後ろを穿った。
 一突きしただけで、食い縛った歯列の奥から、押し殺したような悲鳴が響く。
 圧迫から逃れようとする本能的な動作を遮るように、シャツを肩口から胸の半ばまで乱暴に引き剥がした。
 両腕を拘束され、炎山が喉を逸らして息継ぎをする。食い破るように内部を広げられる圧力から逃れるように、我知らず頭を左右に振り、髪を払うような仕草を見せた。
「……炎山さま」
 力んだままでは、鋼鉄のような異物を受け入れた身体そのものに過度の負荷がかかってしまう。
 そのことを示唆して状況を問えば、鼻から空気を吐き出しながら襲い来る疼痛を受け流そうとする側が応じた。
「…ああ……」
 応答を返すのもやっとの体で、下になった者は荒い呼吸の合間に声を放った。
 挿入だけで手一杯だと言わんばかりに、汗で濡れた顔が、だが、と言葉を継ぐ。
「………大きい……」
 低く呻くように漏らされた囁きに、束の間ブルースの思考がストップした。
 育ちが良く、品位も教養も上流社会で培われた炎山は、生来隠語とは縁がない。知る機会を得なかっただけでなく、口に上らせないことが家族の間では暗黙の了解だったからだ。
 けれど、稀に、何回かに一度の割合で、相手の情欲を煽るような一言を零すことがある。
 故意ではなく、ただ他の形容を選択できるだけの余裕がなかったために、飽和状態の頭脳が意識せずに発させた内容とはいえ、あまりにあからさまで的確な指摘だった。
 それを、炎山曰く、大きなものにさせたのが彼自身であることは、この際問題とするべきではないのだろう。
 しかし、発した事柄を更に詳しく知りたいがために、ブルースは内側に微弱な震動を与えつつ、炎山の身体を二つに折り曲げるように貫いた腰へ覆い被さった。
 反射的に嬌声が漏れ、断続的な喘ぎが濡れた器官を震わせた。
「形が、わかるのですか?」
 これだけ巨大な体積に柔らかい秘肉を際限なく広げられているのに、銜え込んだ異物の形状を理解しているのかと問う。
 応じるように、喉奥から搾り出されたような短い声が返り、細められていた眸が数回瞬いた。
 薄く染まった耳朶に近づこうと、打ち付ける下半身を炎山の体の上へと乗り上げ、ブルースは畳み掛けた。
「俺の形が、わかるのですね…?」
 辛い体勢で与えられる活塞に肉体は敏感に反応しているが、思考能力はわずかに残っているのだろう。
 そんなのは当たり前だと、途切れ途切れの音が断片的な波長となって、ブルースの集音器官を打った。
「何度、おまえと…」
 合間に深々と息を吐き出し、酸素を鼻腔から少しずつ摂取する。
「おまえと……こうしていると、思って…」
 いる。
 語尾を言い終えた途端、競り上がる嗚咽を飲み込むように、炎山は歯を食い縛った。
 乗せた体重に新たな重みが加わったことで、苦手な角度から逃れるために自身の腰を動かそうと試みる。まだそこを攻められるには早いと思っているのだろう。長い時間を共有したいと思えばこそ、強い刺激を回避したいようだった。
「炎山さまが、俺を、許した時から」
 炎山の問いかけに対する正当な答を提示し、ブルースは剥き出しになった唇を薄く歪めた。
 初めの交わりは、同じ名を持つ自身とは異なる存在が鍵となっていたのだろう。
 記憶は定かではないが、その予想に明らかな確信がなかったわけではない。そもそもナビにとって不必要であるはずの男性器が生じたのも、彼の生命体が独自の進化を遂げた結果だと言えるだろう。
 オペレーターであるはずの炎山を蹂躙し、屈服させる道具として、必要とした証。あるいは生来その因子を保有しながら、発生させるだけの要素を見出さなかっただけかもしれない。
 一度データを書き換えられた時点で、ダークソウルの影響そのものをゼロに戻すことは初めから不可能だったのだろう。なぜなら、一から作り直すには、あまりに自分は経験を積み過ぎていた。
 幼少だった頃の炎山の手に渡り、ともに過ごして来た経緯を文字通り初期化することは、ナビそれ自体の記憶すらフォーマットしなければならないからだ。
 炎山ならば、そうする旨を理解し、承諾したかもしれない。だが、ゼロのブルースに戻すには周囲への余波が懸念されると考慮した末、現代科学の権威とも言える光祐一朗は、今の立場を選んだのだろう。
 そして自身は、数多の可能性を含んだネットナビ・ロックマンとは別の進化を遂げた。
 ナビでありながらナビではない因子を含有した、発展生育する機械。否、機械生命体だろうか。
 炎山は、そのオペレーターとして選ばれた。まるでそうなるよう最初から仕組まれていたかのように、自分は彼に仕えている。
 繋がった局部が、火のように熱いと錯覚しているのはどちらもなのだろう。
 交合し、性交している間に、一体どれだけの益が互いにあるのかもわからない。
 けれど、これはもう日常の一端に組み込まれてしまった事実だ。人が空気を吸うように自然で、平凡な、不思議ではない動作。
 相手の中へ食い入り、果てるまで攻め抜くこと。
 受け入れて腰を振り、貪欲に自身の奥底まで侵略を求めることも、炎山にとって不自然とは程遠いことなのだろう。
 それだけ、近過ぎると評す輩もいる。
 重なり合っているのではなく、それを上回るほど近づいているからだと、真実を見抜いた者もいた。
 ロックマンのように、ただ単純に、炎山が大好きだからだと解釈するナビもいる。
 すべて正しい。
 しかしその上で、尚も欲する個があるとしたら。
 それは、やはり。独自の変容を遂げた、異種生命体が歩むべき道だったのだろう。
「ブルース」
 炎山の唇から発される、自身を表す名称が、数を増して行く。
 その度に許される、開かれて行く先にあるのは、手に入れることのできる最も高みにある欲望だ。
 高潔ではないが、純粋であるもの。混じりけのない、本能と呼べる形。
 支配し、陥落させる側として、半裸の生身をその下に置く。
 躊躇するいとまもなく、猛りきった欲情の終結を青白い肉の内側へ注ぎ込んだ。

「…ブルース…」
 際限なく引き摺り出された声は、干上がった喉を痛め、零れた声調に若干の翳りを与える。
 嬌声も、泣き声も、品性を貶めるような言葉の数々も、熱波が去ってしまえば、それは時の一部でしかなくなる。
 炎山は奔流が去った後、しばらく黙って横になっていたが、かけられたシーツを肩から落とし、添うように身を横たえていたナビへ問いかけた。
「もう少し、…欲しがっても構わないか…?」
 囁きと同時に温かな接吻が降り、啄ばむように交接を繰り返すと、首から胸部のナビマークを辿って、引き締まった下部へ唇を落とした。
 そこで隆起する雄を躊躇わず口に含み、濡れた粘膜で何度も扱く。
 水鳥の羽のような白い頭部が下腹部で上下する動きに、徐々にその器官が昂ぶりを増して行く。存分に湿らせたと見るや、太い幹に手を添え、確かめるように炎山は仰臥した男を見つめた。
「炎山さま」
 了承の代わりに呼びかけると、炎山は身体を跨ぐように足を両脇へ伸ばした。
 白いが不健康ではない艶が、羽根を開くように眼前で展開する。緩く立ち上がった象徴の下、ほぐされた箇所に異形の黒い塊が再び飲み込まれて行く。一度の射精を受け入れた手前、挿入は格段にスムーズだった。
 わずかに目線を伏せ、腰の上で炎山が動きを開始する。
 人肌とは異なる硬い腹部に両手を添え、受け入れた中心に自らをこすり付けるように浅い位置で出し入れをする。
 
 ブルース、と。
 呼ばれる度に、脈打つ何かが脳裏を侵蝕した。


→低い温度3

-2006/02/16
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