…うるせえ。
まるで、雑踏の中にでも紛れ込んだように、ざわざわと落ち着かない会話が聞こえてくる。
正確な意味を成さない諸々の音は、けたたましいだけのはずなのに、なぜかそれぞれの内容が生きたまま頭の中に入って来た。
今日のランチはどうするか。
誰が作るか。そもそも、何を作るのか。
何だって良いじゃねえかと、苛立ちとともに心中でツッコめば、そういえば食い物がなくても自分たちは生きて行けるはずなのに、妙な話だと別の思考が考える。
やっぱり、すき焼きなのかと思案げな声がしたかと思えば、いやいや鍋といえばもつだろうと尤もらしい声がする。
それらは主に食材や食べ物の話ばかりで、喧騒というより会議の場に相応しい、真剣なやり取りだった。
というか、なぜそんなものが行えるだけの会話が聞こえて来るのか。
覚醒前のまどろみの中だというのに、すでに身体は周囲の異変を敏感に嗅ぎ取っていたようだ。
脳裏に浮かんだ嫌な予感をそのままに、薄い瞼を恐る恐る抉じ開ける。
案の定、というか、何でだという不可解な思いを顔面に溢れさせ、プラチナに近い金髪の男は視界に広がる天井に、魂を根こそぎ引っこ抜かれた。
「…………………………………」
どう見ても。
いや、いくら眺めたところでそれにつながる知識はないように思えたが、人が住む家屋と思しき梁の見える板壁。
そして、隅で騒いでいるのは、まさに収穫したばかりの泥の付いた芋を形を揃えて横へ並べたような、同じ顔かたちをした奇妙な生き物たちだった。
鶏冠と呼ぶには貧相なちょんちょんを天辺に生やし、手足は紐で作った粗末な人形のようにひょろひょろとしている。生っ白いと表現しても言い過ぎではないと断言できるほど、そこに付く容貌も恰好に似てみすぼらしい。ただ一つの取り得と言えば、疑うことを知らなさそうなつぶらな瞳が、どいつもこいつも、同じ場所に同じようにくっついている点だろうか。
「…………」
再び沈黙するかと思われた瞬間、自身がそいつらに囲まれていることを悟った。
さながら、大きな部屋の中央に置いた立派な卓を挟むように、昼飯の計画を練る連中が所狭しと並んでいる。しかも、ご丁寧に正座をした膝が密着する手前で距離を開けているのだから、まさにテーブル代わりに置かれているのだと錯覚してもおかしくなかった。
「………………おい…」
思わず、漆黒の闇を纏ったが如き、憎悪と殺気の篭った声音で問いかける。
首を傾けず、右横辺りの真っ黄色の塊を睨んだ。
「何だ、てめえら…」
揃いも揃って、同じ形(なり)しやがって。
区別をつける必要がないからそうなのか。あるいは、瓜二つの容姿でありながら、外見など判断材料にはしないからなのかはわからなかった。
「ん?こいつ、目が覚めたのか?」
陳列された野菜のように並んだ中の一匹が、今初めてこちらに気づいたかのように、ぱちくりと縦長の眼を瞬かせた。
「え?生きてたのか?」
俺はてっきり、家具の一つなんだとばかり思っていた、と別の生ものが応える。
それにしては畳にはマッチしていないだろう、とインテリジェンスな眼差しをしたもう一体の小物が答える。
更に次々と独自の解釈を唱える物体が増えて行き、やがてそれはわいわいと騒ぐ大きな合唱になった。
雛が泣き喚くよりは低音の。だがしかし、量としてはやかましいと断言できるほどの言い合いがあちらこちらで渦を巻く。
腹立ちをぎりぎりまで抑え、歯軋りとともに怒鳴り散らそうとした途端、思い出したようにその中の一粒が手を打った。
どこかで見覚えがあるような白い手袋だと思いながら、鋭い皺を額に浮かべたままそちらを一瞥する。どうやら、この事情を知っているらしき素振りで指を差し、言葉を告ぐ。
「そういえば、こいつはずーっと眠ってたって聞いたことがあるぞ」
へえ、とそれを鵜呑みにする者もいれば、ずーっとってどれくらいだと食らい付く輩もいる。
また大合唱になってしまう前に、それを牽制する意味で仰臥していた上体を畳の上から引き起こした。
「俺は、眠ってたのか?」
横になっていたのだからそうだろう、と当たり前のことを返す豆を無視して、理由を知っているらしき黄色い物体を注視する。
凝視されただけでどこか悪寒が走るような三白眼に正面から見つめられながら、そんなものにはたじろがないのか、どのくらいと問われるまま、癖毛のような毛並みの持ち主は知っていることを口にした。
「とにかく、ずーっと。俺たちが生まれる前から眠ってたって、俺たちのおやびんが言ってたぞ」
生まれる前から。
生む、という動作にはっとしたように、男は立ち上がり、慌てて左右を見渡した。
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