「ちゅーができないんなら、今晩はお預けか」
え、とベッドから落ちていた枕を拾う手の動きが止まった。
破天荒は、自分でも滑稽だと思われるほど落胆が表情に出ていることを悟った。
寝台の脇で振り返った背の高い男が、消沈したように眉を垂れている様を眼にして、わずかにその青が見開かれた。
「んだよ、相変わらずやる気満々だったのかよ?」
「ええ!?…いや、その」
慌て、返答を濁す。
が、否定はできない。
せめて側に居る間だけは独占させてほしいと願うことは、今はあまり禁忌だと感じることはなかった。むしろ、慎まなければならないと自らを戒めることの方が専らだった。
ずっと貪り続けていたいのだと素直に心の内を告白したら、冷たい目で見られることはわかりきっている。なのに、ずっと同じ思いを抱え続けていた。我が事であるからこそ、隠し遂せるはずがない。
自身の中で重きを置く人間に対してであれば、尚更言うに及ばず。
「でも、しゃぶるのは無理だぜ?」
口中に突っ込んではいけない大きな物体の最たるものとして、相手の持ち物を示唆する。
「それは、おやびんが好きでやっていることでしょう?」
最初の時はともかく、こちらから強制した験しはないと主張する。
しなくてもできると言おうとしたのだが、じゃあ、おまえは嫌いなのかよと問われ、ほとほと参った。
「嫌いな訳ないです。誓って、大好きです」
男ならば当然だと、説明にも力が篭もる。
でも、と、破天荒は言葉を挟んだ。
「おやびんは俺の好きに輪をかけて、大好きでしょう?」
出すまでずっと、手や口で弄ぶことをやめないと指摘する。
その内容に一瞬ぎくりと顔面の筋肉が硬直したが、すぐにそれは鮮やかな笑みにすり替わった。
バレたか、と白い歯を見せて屈託なく微笑まれる。
おやびん、それはないですよ。
卑怯だと、声にならない声で訴える。
内心で暴走しかける欲望に白旗を挙げ、数歩前へ進み寄ると、地面に突っ立ったままだった丸い肢体を持ち上げた。
両脇を掌で挟み、苦もなくその高度を上げる。眼前に届いたオレンジ色の相貌をつくづくと眺め、嘆息を噛み殺して言った。
「ちゅーがなくてもできます。俺のを、おやびんがしゃぶってくれなくても…」
セックスには事欠かないと告げる。
きょとんと、瞳を丸めたまま凝視してくる。
そこに感じるものは、山ほどあった。
「それに、簡単なキスだけでも」
小さな音を立てて、額に接吻を落とす。
おお、と首領パッチは喚声を上げた。いまいち状況を理解していないなと思いながら、それでも身体を解放する気にはなれなかった。
「だから、あまり俺を挑発しないでください」
でなければ何をするかわからないと忠告する。
言われた事柄が完全には理解できないのか、再度中身を問おうとして、首領パッチは咄嗟に口を塞いだ。
これ以上問答を続ければ、いずれにしてもえっちをすることになるだろうと思い至ったようだ。
破天荒にとっては今更な反応だが、ここで踏み止まっただけ、少しは勉強をしたということになるだろう。
進歩は亀の歩みより遅くて、その上道のりは果てしないが。
「わかったら、今日は別々に寝ましょう」
それが得策だと提案する。
かなりきわどい場面まで追い詰められた側からの精一杯の譲歩だったのだが、不満そうな顔つきになった様を男は見逃さなかった。
言っておきますけど、と最後にしっかりと釘を刺す。
「もし俺の布団に入ってきたら、俺は朝までおやびんを一睡もさせませんから」
絶対に寝かせないと強く言い切り、同じ高さにあった身体を下へ下ろした。
ええ!?、それってどういうこと!???
背後で頬を桃色に染めたパチ美が好奇心に溢れた視線を湛えたまま驚いていたが、敢えて気づかぬ振りをした。
きびすを返し、自身の陣地へ戻る。
一度、とことんまで攻め抜いた方が良いのだろうか。
しかし、嫌われては元も子もない。
かといって、これでは自分の神経が磨り減りそうだ。
精力だけは磨耗するどころか却って溢れ返るくらいあることは確かだが。
首領パッチに顔色を悟られることのない端まで移動し、若さ溢れる毛の王国民は苦悩した。
やりたい。
いや、駄目だろう。
子分として最低限の節度は守らねばならない。親分とやりまくりの子分など、どう考えても尋常ではないのだから。
そう思いながら、すでに再会して関係を持ってからというもの、二日と開けずに戯れていることは、破天荒の中で問題視されるまでには至らなかった。
ま、異常でも良いか、でオチが付くあたり、その境界を突破するのは案外容易であるかもしれない。
ハジケ組師弟が、アブノーマル師弟となる日まであと幾日。
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