+ ハパチ。 +

01/刑事物語

 目の前には、しくしくと泣く被害者。
 向かい合うのは、あんたこそチンピラだろうと噂される、実力だけは折り紙つきの敏腕刑事。
 能力的にどうかとか、性格的に無理があるだろとか。それらを持ち出してしまうと、ある次元での凄腕という結論に至るかもしれない。
 ハジケ組の組員兼、村でただ一人の駐在さんならぬ刑事は、机の上の調書にボールペンを滑らせた。

 今回の事件は、少々お嬢さん方にはお聞かせしたくない内容だ。
 と言っても、本人は構ってなどいなかったが。
 当事者の一人が自分にとって大切な人であるだけに、気が気ではないだけで。それでも、外見上は至って平静そのものだった。むしろ、二人きりの密室気分を楽しんでいるかのようだ。
「それで、おやびんは女物の下着を盗んで帰る途中だったんですね」
 ぐすぐすと鼻を啜るオレンジ色の影に同情を示しつつ、紙面に相手の名前を書く。その後で、やにわに赤いジャケットの懐からハンカチを取り出した。
 おやびんラブ、と刺繍が施されたそれは、気持ち桜色をしていた。本当は相手の体色と同じ橙色を身に着けていたかったらしいが、春ということで今日はその色が選ばれたらしい。
 種類は全部で十二色。赤みが強いオレンジから、青みの強いオレンジ(どんなオレンジ)まで様々だ。
 ハンカチを受け取り、ずびびと鼻を噛む。
 突風が起こったように、絹の布がふわりと巻き上がった。
 舞い上がったそれが目の前にいた男の顔面を直撃したが、目を細めることなく、破天荒はその一部始終を視界に収めた。
 首領パッチの足元に置かれた戦利品は、紫の布地に白の唐草をあしらった風呂敷の中でひしめく、魅惑のランジェリー数点。
 しかし、その外観は泥と土に汚れていた。持ち主である下着泥棒の身体にも、無数に汚れが付着している。
 問われた事柄に関して、こくりと相手は頷いた。
 パイプ椅子の上に足を揃えてちょこんと座っているが、当然足裏は地面についていない。不安定なまま、もぞもぞと靴先を動かしているのは、バランスが悪い所為だけではなかった。
 かわいそうに、と刑事は眉を潜めた。
 首領パッチは、股の内側に残る体液を気にしているのだ。保護されてから数十分が経つが、今だ風呂には入っていない。傷ついた身体のまま、取調室に滞在しているのだ。
「でも、何だってボーボボの下着を?」
 当然の如く、語尾には疑問符が付く。
 正確には、ボボ子なる妙齢の美少女(嘘)の物だった。
 見るからに体格の良い身体から、ゴリラ女とあだ名されてもおかしくないくらい、無理な女装を通すキャラクターとして周囲に認識されている。
 どう贔屓目に見ても、パチ美の方がよっぽど美少女だという破天荒の眼は、多分間違ってはいないだろう。あれもある種の際物だという、世間一般の常識から外れていることはこの際問題ではない。
 彼女が住んでいるアパートの窓辺で干されていた新品同様の下着を盗んだ罪で、首領パッチはお縄になったのだ。
 捕まえたのは、破天荒ではない。自ら犯人探しを買って出そうなボボ子でもない。最終的に姿を見つけたのは前者だが、それは保護したと言って差し支えのない状況だった。
 促されるように泥の付いた元純白のパンツを頭に被ったまま、犯人Pはぼそりと動機を吐露し始めた。
「だってボーボボの奴。いくら言っても、俺に貸してくれねーんだもん…」
 春の新作着させろよ!、と何度スカートの裾に縋って懇願しても、変なプレイに使われるから嫌ッ!!、と言って突っ撥ねられたと漏らす。
 どんなプレイだと、敢えて刑事は言及しなかった。
「けどその所為で、おやびんはボーボボに訴えられるんですよ?」
 奴は裁判を起こす気ですよ?、と平然と告ぐ。
 言ったからには本気なのだろう。そもそも弁護士を雇う金があるのかとか、常識的な面では色々と首を傾げる部分があるが、とりあえず相手の意思表明は至って簡潔だった。
 あの同郷の女(男)は、花柄のハンケチを手にして号泣しつつ、訴えてやるッ!!!、を連呼していた。あまり想像はしたくない光景だったが、盗んだ現場を目撃されている以上、窃盗の罪は免れないだろう。
 がっくりと首領パッチの肩が下がった。実際には鎖骨も肩骨もないので、トゲがしょぼんとしただけだったが。
「まあ、おやびんもある意味ガイシャですからね…」
 首領パッチが汚れているのは、無茶な逃走のためではない。
 被害者に姿を見られたとはいえ、まんまとお宝をゲットしたパンチーハンターLは、その荷物を背負い公園を横切って自分の住処に戻るはずだった。もとい、早速着込んで肌触りを体感するはずだった。
 けれど、そこにあいつがいきなり出てきて。
 首領パッチは、ぐっと込み上げる涙を堪えた。
 悔しい。
 滲んだ水滴が擦り傷に染みたが、構わず拳で目を拭う。その白い手袋も、泥の染みで黒く汚れていた。
 幾分気遣わしげにその様子を眺め、こんなことは聞きづらいんですけど、と破天荒は前置きした。
 つと、話題が別の件に転じたことを察して顔を上げる。
 窃盗については大方自供し終え、あとは法廷の場での議論になるだろう。
 だが、もう一方の件については解決していない。
 事実を先延ばしにすることなく、男は別件である事件の真相にも触れた。
「おやびんを襲った…、そいつの顔は見たんですか?」
 スキップをしながら荷物を背負い、公園を横切ろうとしていた自身を襲った人物の特徴について尋ねる。
 いいや、と首領パッチはかぶりを振った。
 昼間とはいえ、藪の中は暗い。無我夢中だったので、良く覚えていないと答える。
 大分悄然としているが、とりあえず心理的なダメージはそれほど酷くはないのだろう。しかし、破天荒の思いつめたような表情は変わらなかった。
「じゃあ、犯人についての手掛かりはなし、か…」
 ち、と舌打ちし、忌々しげに眉間を顰める。
 自分が敬愛する首領パッチにこんな手酷いことをしたホシを、何が何でもとっ捕まえてやろうと思っているのだろう。
 何とか他の情報を引き出せないかと、再び腕を組んで考え込む。
 しばらく熟考し、破天荒は徐に相貌を持ち上げた。
 妙案が浮かんだと思しき光を両眼に湛えたまま、真向かいに座るオレンジ色の影を凝視する。
 むしろそこには、晴れやかな光が満ち溢れていた。
「仕方がないので、どうやって襲われたのかを思い出してもらえますか?」
 にっこり、と目元が綻ぶ。
 嬉々としているのは、もはや疑う余地がなかった。
 へ?、と首領パッチは目を丸くした。
 一瞬、何を言われているのかがわからず、怪訝に眉を寄せる。
 突拍子もない発言だったと思い至り、男は、ああ、と言い直した。
「そいつがどうやって、おやびんを」
 ×××たか。
「…実践した方が、その時の状況が良くわかりますよね?」
 教えてください、と身を乗り出す。
 外見は、真剣そのものだ。本気で知りたいと思わなければ、こんなに真っ当な面はできないだろう。
 そ、そうか、と首領パッチは承知したという意味で首肯した。
 なんだか良いように流されている気がしないでもないが、とにかく刑事であるこいつの言うことに間違いはないだろうと納得する。
「あ、ボーボボの下着を手に入れて、ルンルン気分だったおやびんを背後から襲い掛かるところは、場所的に危険なので今回は省略ってことで」
 部屋には机や椅子があるので、万が一にもそれにぶつかって怪我でもされては大変だと注釈する。
 というか、何でそこまで知っているんだろうと、首領パッチは首を傾げたくなった。
 さすが、このハジケ村で幾多の珍事件を解決してきただけはある。
 当事者の話を聞かず、独断と偏見で片っ端から片しただけだというのは破天荒のみが知る真実だが。
 刑事というだけで途方もない信頼を抱いているなどという自覚もないまま、ううむと被害者Pは合点した。
 しかし、話すと言ってもどこからどこまで。
 どの辺をここでリプレイするのかと問えば、そうですね、と男は考える素振りをした。
 答は、予想したよりも早く出たようだ。
「その椅子の上に立ってください」
 言われたまま立ち上がると、机越しに背もたれを横にずらされた。
 ぐるりと四分の一回転させられ、均衡を崩しかけてよろめいた上体を、いつの間にか後ろへ回っていた男の掌が支えた。
「で、そいつはどうやって、おやびんの中に入ってきたんです?」
 最初は指くらい入れてきましたか?、と具体的に問う。
「いや、いきなりケツを持ち上げられて、無理矢理突っ込まれた」
 何となく、上の顔を意識しながら喋った。
 真上で自身と同じ方向を向く貌は、普段と変わらない。むしろ、いつもよりクールなくらいだ。
 返答に頷き、相手は行動した。
「なるほど、こうですね」
 言うなり、股間に熱い塊が宛がわれた。
 びくりと、首領パッチの全身が跳ね上がる。感触に、身に覚えがあったからだ。
 何これ?
 そこまで実践するの?
 形だけじゃねえの?
 てか、服越しじゃねえの!?
 フツー、生でコイツをくっつけねえだろッ!??
「強引だったんですか?」
 痛かったでしょう、と心底気の毒がっている声音が頭上から聞こえた。
 心中で憮然としながら、いいや、ともう一度かぶりを振る。
 問われたことに関して馬鹿のように受け答えをしてしまうのは、もはや習性と言っても過言ではなかった。
「最初は慣らすみたいに、こう…擦ってきた」
 かな?、と語尾を濁しつつ、おぼろげな記憶を辿る。
 言うだけではわかりづらいかと思い、わざわざ身体を動かした。
 宛がわれた物を足の間に挟んだまま、机に両手を付いてそこを軸に下肢を前後左右に動かす。
 その硬い物の先が濡れたみたいに滑りやすくなったと思ったら、予告もなしに突っ込まれたと、固い口調で答えた。
 あんまりよく覚えていないかと思ったが、実際にやってみると確かに色々と思い出してきた。
 やはり、ケーサツの言うことは正しい。
「なるほど」
 ぐ、と肉が皮膚の内側に入り込んできた。硬い異物の頭を押し込み、徐々に進度を増すような動きを繰り返す。
 ええっ、そこまですんの!??、と首領パッチは心中で慌てた。
 実践するって、やっぱりそういうことなの!?、と混乱しながら、びくびくしつつ背後を窺う。
 しかし、そこにあるのは今まで見たことのないような真剣な眼差し。
 真相を知りたいがために、敢えて変態行為。否。リアルを追求しているのだと、切々と訴えるような眼光だった。
 そうか。
 そこまで本気なら、俺もしっかりと応えてやるぜ!!!
 けれど理性では理解しつつも、震える身体は言うことを聞かない。
 押し当てられた物の圧迫に萎縮し、がくがくと内股が震えた。
 怖いと思っているのか、それとも次にやって来る衝撃を待ち詫びているのか、どこか不明瞭な手応えだった。
 それが具体的に何であるかがわからず、ぎゅっと目を瞑って堪えていると、宥めるように上から優しい声をかけられた。

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