晴れ晴れとした天気。
殺風景だと思っていた、窓にはなぜか仙人掌。
色は気持ち茶色。いや、オレンジか?
枯れてるんじゃねーかと思ったが、敢えてそこはツッコまなかった。
カーテンのない窓辺からは、さわやかな木漏れ日が差し込む。
外とここを仕切るように、そこはかとなく木の枝があるからこそ、レースなんつー、ここの家主には果てしなく似合わなさそうな代物が置いてないのかもしれない。
好き勝手に枝を伸ばして、折れたり曲がったりしている背の高い木は、家の中が丸見えになるのを妨げる粋な奴、とでも表しておこうか。
かく言う俺、首領パッチ…、じゃねえ。ニャーパッチは、訳あって『おやびん』とか言って、俺に餌を貢いでいた男の棲家にいた。
あー、しかし。なんだ。
このソファは一人掛け用なんだが、中々しっかりしているぜ。
本来猫ってのは柔らかい所で丸くなって寝るもんだが、俺は一流の会社社長気取りで、足を組んで背もたれにもたれかかっていた。
要するに、カモシカのように優雅な脚線美を、惜しみなく晒しているってわけよ。
座り心地はいまいちなんだが、なんつうか、暑苦しくもなく冷たくもなくて、快適って感じだった。
人間椅子。
家具と化した男は、俺を膝に乗せてご満悦だった。
「おやびん、暑くないですか?」
上から男の声がする。
高過ぎず低過ぎず、それでいてしつこくない。
媚びはちょっと含まれているかもしれないが、どことなくドライな感じが聞く者に不快感を与えなかった。
「ん〜、それなりに快適ってやつ?」
下手に冷房が入っているわけじゃないし、日の光も丁度良い明るさで、なんつーか居心地の良い場所に敏感な猫の気分を満足させるだけの環境だった。まさか、自分をここへ連れ込むためにわざわざ整備したわけじゃないだろう。
まあ、こいつは大の猫好きらしいから、俺のためにそのくらいはするかもしれねーが。
「でも、ちょっと退屈かな〜」
昼間のテレビは、あんまりお子様向けじゃねえ。
近所のおばちゃん福井さんになりきって、『あらやだ、またなの!?』みたいなリアクションをすれば、わいどしょーも楽しめたかもしれないが。
生憎、今の俺は列記とした動物だ。
室内で高級猫缶を皿から貰う、ゴージャスな生ものってわけよ。
「おやびん」
呼びかけられて、目線だけを上へやる。
本名は違ったが、もういい加減こいつの呼び方には慣れた。
耳に蛸ができるほどってわけじゃねえけど、散々聞き飽きたっつーか。
間違っても、どっからつけたんだって感じのその名前を口にする度、相手が酷く幸せそうな顔をするのが気に入っているわけじゃねえ。
「俺と、ゲームをしませんか?」
暇だと言われたから思いついたというわけではなく、前以て考えていたのを提案したっぽい印象だった。
オッケーか、否か。
許可を下すのはこっちだが、できれば承諾してもらいたいって口振りだった。実際、見下ろしてくる顔は真剣そのものだ。
ただの遊びに、これほどマジになる奴は見たことがねえ。
いつしか横になって寝そべり、片肘を曲げたまま上目遣いに一瞥する。
「別に、構わねえけど」
口調は淡白だったが、内心は違った。
構わないどころか、むしろノリノリだった。
無意識に、ぶんぶんと付け尻尾が左右に振れている。びたんびたんと容赦なく、向こうの腿とか腕とかにぶつかっているんだが、それは痛みのうちに入らなかったらしい。
根っこから取れちまうんじゃないかってほど相手の目の前で旋回する尾っぽは、すでに犬のそれに近い動きを見せていた。
それもそのはず。
幅のある広いベッドの上で寝転んでいるならまだしも、座ってばっかじゃ背中の骨が痛くなってくる。
俺には脊髄も肋骨もあるようでないけど、人間、元は二足歩行するようにゃできてねえからな。人ってやつは地面に立ったおかげで、肩凝りで苦しむ羽目になったって噂だぜ?
つまり、動かなければ何億年前の地層に眠っている化石と同類になるってことだ。
「ルールは簡単です」
承諾を得て、軽薄そうな吊り目を少しだけ綻ばせる。
嬉しいと感じているのは、多分あっちも同じなのだろう。俺のように短毛の立派な尻尾は生えてないが、心意気ってのは種族が違っても伝わってくるもんだ。
俺が感じているようなウハウハな気分とは程遠いかもしれないが、提案を受け入れてもらえて良かったと安心しているんだろう。それ以上に、切っ掛けを得られてラッキーとか思ってたりはしないだろう。
なんか、背後から妙なスタンドが立ち上っているような気もしないではないけれど。
「おやびんはこれから、台詞に必ず『ニャー』を入れること」
これがルールだと教え諭す。
聞くなり、ぷ、と俺は噴き出した。
「んなの、意味ねえじゃねーか」
だって俺ねこだし。
にゃーなんつうのは、ねことして最低限のマナーだろ?
猫にとっちゃ、基本中の基本っつーか。
それを忘れたら、耳と鼻と尻尾と肉球をつけてるだけの、ただのコスプレ野郎だぜ。
言い返せば、ふふ、とそいつは顔全体で微笑った。
「これには、条件があるんです」
どういう意味だと問い質せば、容易く答が返った。
つまり、これから身体をくすぐっている間中、ニャーを忘れずに言えるかどうかが重要であるらしい。
もし最後までニャーを言い続けることができれば、ご褒美があると言う。
なんと、今日の夕飯は俺の好きな物を作ってやるとそいつは言った。
ボーボボん家で飼われていた頃は、考えられねえ待遇だ。あいつの家にいた時は、適当に昨日のご飯の残り糟とか。とにかく適当って心境が見え見えの飯しか出てこなかった。ちゃんと食事に有り付けた記憶の方が、少なかったかもしんない。
ええ〜、そんな〜。イヤ〜ン、とか言って頬を赤らめながら、俺の頭の中では何を食おうかと、すでに想像が膨らみまくっていた。
最優秀候補として挙がっているのは、たいやき。
尾頭付き。しかも、ケツから餡子が溢れそうなくらい一杯入っているのが良い。
第二候補は、コーラ雑炊という俺オリジナルな一品だったが、恐らくこいつにその料理を作るのは無理だろうと思う。
何しろあれは、コーラを熱するタイミングがポイントだからな…。
「乗ったぜ!」
俄然乗り気になった俺は、オッケーサインとばかりに、白い親指を眼前に突き出した。
悪いが好物がかかっている以上、負けるつもりはねえ。なんたって食欲は、本能の中で一番強烈な欲求らしいからな。俺も、その定説に恥じない男になってやるぜ!
ただ、俺が負けた場合については、正直聞きそびれた。
どうせ、生粋の猫である俺が負けるわけはねえし。そいつもわざわざ、口に出したりはしなかった。
てことは、大したことじゃねえんだろうと踏む。
そうだよな、猫相手に要求するようなことなんかねえんだろうと思いながら、ちら見でその顔色を窺ったら、なんだか妙な具合に眉根が垂れ下がった。ばつが悪いと思ってでもいるかのような、微妙な面。
口元は笑っているのに変な奴だと思った。
頬っぺの端にちょび髭みたいのが二つある、元飼い主のアフロ野郎と似たような顔になってやがんの。
案外こいつら、親戚なんじゃねえのとか思ったりした。
「よっしゃ、始めようぜ」
スタートの合図とばかりに、俺は爪の付いたふっとい猫指でビクトリーサインを決めた。
|