+ ハパチ。 +

01/マサユメ

 良い子で寝んねしな。

 初恋の人を忘れられないのは、誰もが同じだ。
 それがたとえ人間でも、人非人でも、他の生ものでも。
 焦がれる、という衝動は、その名が示す通り、身体ごと魂を焦がすことなのだろう。
 残虐な興奮すら身内に覚えるほど。
 だから、これが自分にとって、生まれてはじめての恋だった。

 寒気がする。
 こんなに温かくしているのに、どうして寒いと思ってしまうのだろう。
 一人でいることにも、独りで生きることにも、こんなに冷たさを感じたことはないのに。
 ふと手を持ち上げて、自身の平たい額を触ってみれば、何となく熱いような気がする。けれど、そこに触れている皮膚自体、動きが鈍いと思えるほど冷えているから、本当に温度があるとは思えなかった。
 覚束ない思考で考えるがゆえに、その症状が示す前兆というものに気づけずにいた。
 少し、ふらふらするだろうか。どこかに、鈍い痛みがある。眼より上の位置。であれば、やはり寒風に晒され続けた、おのれの前額部ということになるのだろうか。
 当てもない旅を続けてきた。子どもの身空で一体何があったのかと問う者もいれば、うちの子にならないかと、殊勝にも親切を口にしてくれた人間もいた。中には、はてな、が付くような、非人間型の親子もいたが、出会う奴らは皆自分よりずっと善人ばかりだった。
 世に毛狩り隊が蔓延っていても、馬鹿が付くほどめでたい人種というのはどこにでもいるらしい。そんなことを言ってくれるのは有難くもあったが、所詮、住む世界が違うと思った。
 どうしてそう考えてしまうのか。
 卑下しているわけじゃない。自身が滅びた王国の生き残りだから、遠慮をしているわけじゃない。
 ただ、自分には彼らにはない絶対的な力があった。
 ゆえに、凡人とは馴れ合わない。利用するだけの価値しかないのであれば、情を育むことすら薄ら寒い行為だった。
 むしろ、真似事の類いだろうか。
 だからこそ、見下したりはしないけれど、無価値な存在だと思っていた。
 自分以外。
 なぜなら、結局、頼れるのも、頼りたいと思えるのも、持って生まれた名前以外にあるはずがないと思っていたからだ。

 しっかり歩いているつもりで、足取りが視界ごと、ふらりと揺れる。
 異変を察する前から、まだ大丈夫と思い込んでいたために、意識が後手に回ってしまったようだ。
 駄目だ。倒れる、と思った瞬間、背丈は地面とほんの少ししか離れていない程度なのに、地べたに付くほど長いマフラーの根元を掴んで、誰かがそれを阻止してくれた。
 転倒するのを未然に防ぎ、わずかな齢しか生きていない小僧に向かってつっけんどんな声を発する。
「器用な奴だな?」
 歩きながら眠るつもりだったのかよ、とわけのわからないことを聞いてくる。
 それは、夜目にも鮮やかなオレンジ色の色彩を纏った物体だった。
 物、と評した方が無難なくらい、定規やコンパスを使えばあっという間に描けそうな造形をしている。
 鮮やかで、丸くて、とんがっていて、つるつるで。
 ああ、こんな単調な文句しか思い浮かばないということは、かなり重症に近いのだろう。頭が、うまく働かない。ほとんど瞬きしない両目も痛い。頭痛は、時々あるから、いつものことだと思っていたけれど。
 今度は、駄目だ、ではなかった。
 何も考えられない。思い浮かばない。視界をうずめた橙色の姿態すら、瞼の裏に残像を残さないくらい。
 あっという間に意識は落ち、まるで体が宙に浮いたような感覚だけがあった。

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