雑文 ■
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「最近の女優はどれも似たり寄ったりだと思わないか」 買ってきたものを食い散らかしながら、どうかと問われて応えようなどない。 レイの女談義に(本人は女優について論じていると決めつけているようだが)付き合えるほど、その手の話題は不得手だ。 そもそも、なぜそんなことを言い始めたのか。 二人仲良く日向ぼっこならぬ、ベイの虫干しをしながらのことだ。 別段一緒にやろうなどと誘ったわけではなく、一人でホテルのベランダに出ていたところを捕まった。というか、割りこんできた。目くじらを立てて追い払うことがどれだけ無駄に等しい行為かをすでに熟知している手前、隣に居場所を不承なりと明け渡すことになったわけだ。 「もう引退したようなのを引っ張り出して来るんだぜ?」 芸能界も人材不足かな、などと上向いたままこぼす。 ああ、また。 自分の前に置いてあるベイに、レイの食べるパンのかけらが落ちてこないようにそっと引き寄せる。 無言のまま『どこかへ行け』オーラを発しているのだが、無頓着な奴には無駄な抵抗だ。BBAチームは最悪なことに、その手の人間が多い。人格者、とカイが思うような人間は存在していなかった。無論、子どもにそれらを要求するのは、普段から大人たちに囲まれて育ったカイの性急過ぎる望みだったのだが。 他人の性癖をとやかく言える立場じゃない、というよりも、いちいち構うのが億劫だと俄然無視を決め込んで、相手の言うことを右耳から左耳へ意にも介さず素通りさせる。多少、こいつは馬鹿かとコメントする意識もあったのだが、わざわざ言葉にはしなかった。 自分の知る有名人(女限定)の名前を述べ連ねながら、やれやれとレイは肩を竦めた。それはこっちの台詞だと、不意に眠ったイライラが加速する。 「なんだ、カイ。退屈か?」 逆だ。 思わず引きつった口端が物言わぬ怒りを露呈する。 対峙した者に気性を荒げるのは賢いやり方じゃない。ペースを崩されるし、何より疲れる。わかってはいるのだが、堪え性とは無縁の性格があからさまに不快感を覚えていた。 ここでいつものように『出て行け』と怒鳴り散らせばおとなしく引き下がってくれるのかもしれなかったが、最近それがためらわれるようになっていた。 居場所を提供した当人の機嫌が優れないことに、ようやくレイも気づき始める。カイに言わせればこれだけ全身で主張しているのに察すのが遅すぎるのだが、周りに影響されないのがこの男の良いところでもある。 良いだと?最悪だ! 思考がはじき出した結論に自ら唾を吐く。 こめかみを引くつかせつつ、眼下のベイを睨む。ドランザーはいわば主の八つ当たりを受けているようなものなのだが、どうにもセーブが利かなかった。横目で相手を窺えば、何もなかったような顔が座っているのだろう。カイにとってはまさに許されざる状況だった。 「おまえって」 間延びしたような声がする。 「最初会ったときはもっと余裕のある奴だと思っていたんだがな」 誰のせいだ。 不快を与える張本人に何がわかると。少しは他人の迷惑というものも考えてみせれば、これほど立腹などしないだろうに。次第に猛威を振るう苛立ちについには眉間に縦じわが生じた。 怒ってる怒ってる。 腕を組んだまま胡座を掻き、フーフーと毛を逆立たせて怒りを漲らせている。 レイは相手に悟られぬよう苦笑を刻んだ。 正直、顔を合わせた当初の『火渡カイ』という男は、見た目どおりクールな印象だったのだが、これほど我の強い人間だとは思わなかったのだ。我が強いというよりも、一種余裕がない、という表現に近いだろうか。 それも、自分と二人きりになるときに限られているようだ。 何だかなあ。 頭から無視してしまえば良いのに、それができないもどかしさなのだろうか。カイの怒りの矛先は、多分目の前のレイに対してではなく自分に向けたものだ。その自覚があるのかないのか定かではないが、思わず笑い出してしまいそうな相手の心中の葛藤を想像するに、面白い奴と思う。 普段から他人とは一線を隔す者同士の相互理解というのだろうか。カイのような人物の考えることなど手に取るようにわかる。知り尽くしていると言っては語弊があろうが、ある程度のことまでなら見なくてもわかる。物事に真剣で、だからこそ非情で潔癖。対する人間の多くは彼を誤解して終わりそうなものだが、決して『放さぬ』力を持っている。敵にしろ味方にしろ、引きつけて逃がさぬカリスマ性というのだろうか。一族郎党と生活をともにし、リーダー的存在だった自分にはよくわかる。 徳のある人格者が人を引きつける良き指導者であれば、他方に『生き方』そのもので他者を魅了する人間がいる。恐らく、カイは後者なのだろう。 生まれながらの王者、か。 影に宿るものが例え大きな芽だろうが、まだ世界の中ではほんの小粒だ。財団のことをよく見知っているわけではないが、次期総裁としての手腕、というか魅力は確かにあるのだろうが。 「おまえもなんだかんだいって、子供だな」 食ったばかりだというのに壁にもたれて寝そべりながらそう洩らすと、き、と鋭い瞳がこちらを見下ろしてきた。完全に瞼を落としていたので、相手がどんな顔をしているかなど知る由もない。 「そういう貴様もだろうが」 強い口調で吐き捨てる。妥当な応えだった。 頬に笑みを刻みつつ寝息が鼻から抜ける。 カイの怒りは、相手が停戦状態に入ったことでどうやら落ちついたらしい。 髪から覗く大きな耳でその気配を確認しながら、ゆっくりとレイは眠り本番に突入した。 ボツリと、馬鹿が、と声が聞こえる。 誰に対して向けられたものなのか。それが合図のように、風が間を流れた。 狭いベランダで二人並んで緩やかに注がれる陽光の熱を肌に感じる。 まるで一種独特の世界がそこで輪を広げるように。 数時間後、二人は夕食の時間を告げに来たタカオに頭を蹴り起こされるのだったが。 それでまたひと悶着あったというのは、『BBA世界のホテル滞在日誌』で明らかにされるのであった。 |
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