■ Beyblade ■

雑文 ■

 事の発端はそもそも何だったか。
 確か次の試合のメンバーのことを話していて、不意にマックスがレイとカイのどちらが強いのかと疑問をぶつけてきた。
「どっちもタカオに一敗してるね」
 その前に、おまえは俺にも一敗しているんだぞ、とBBAチーム最強決定ピラミッドの中で最下部に位置しているのだということを目線で示唆する。
 本人はまったくそのことに関してはノーコメントだった。
 むしろ、何も考えていないと言った方が良い。
「何で俺がそんなことをしなければならない」
 押し殺したような声で凄んでも、脳味噌天然アメリカンなマックスには通用しない。意思の疎通皆無なメンバーに対して、頭の痛くなる連中だとカイは常々思っている。が、言葉にしたところであまり効果のないこともすでに実証済みだ。
 他のメンバーと言えば、タカオは寝覚めが悪くて昼過ぎだというのに目つき最悪の寝ぼけ眼だし、本来止めるべき立場にいるはずのチームの”ブレイン”ことキョウジュは目を…ならぬ、眼鏡をきらきらさせて期待満面だ。
 おまえら、絶対どこかおかしいぞ…!
 カイでなくとも、このおめでたい面子をそう評すだろう。
 場の雰囲気に押される形で簡易ベイ-バトルの会場の前に立つ羽目になる。
 だが、肝心の対戦相手はまだ寝室で惰眠をむさぼっている最中だ。脇の椅子で組んだ足をぶらぶらさせながら暇を潰していれば、叩き起こされたのだろう、ひどく面の皮の色の悪い顔が真正面のドアからお目見えした。
 一応普段着に着替えていただけマシだろうか。
 さっきの自分と同じように、どうしてこんな事態になったかを尋ねつつ連れてきたキョウジュに何事かをぶつくさぼやいている。どうせ無意味だとか何だとか理由をつけて、水に流してしまいたい魂胆見え見えである。
 レイという男は、ベイ勝負が嫌いではないくせにもったいぶる節がある。どういう根拠かは知らないが、今日はそんな気分ではないらしい。
 やるからには勝負に勝ってさっさとやめるぞ、という一方的な信念のもと、ぎろりと双眸を睨みつけると、聞こえよがしにわざと大きくため息をついた。
「乗り気じゃないな。昨夜飯を食いすぎて体の調子も良くない」
 遅くまでバクバク食っているから悪いんだろうが。
 ち、と鋭く舌打ちする。我関せずで止めなかった同室の自分に非があるとは思わないが、これ見よがしに腹をさすられては言ったも同然だ。そんなに体調が優れないというなら、食い倒れたまま永遠に起きてこなければ良かったのだ。
「ここは一つ、大きな声を出して気合を入れてみたらどうです」
 病は気からと申します。もしかすると治るかもしれません、などというキョウジュの一理ありそうで無茶苦茶な提案に、そうか?とうろんそうな目つきでレイが応える。
 そろそろ、カイの貧乏揺すりもマグニチュード7.9を超える頃だった。
「やるのかやらないのか、はっきりさせろ!」
「わかったわかった。朝から騒ぐなよ」
 たしなめるような口調で、立腹を抑えるよう片手をひらひらと上下に振る。
 癪に障ったが構っていては日が暮れる。別に今日の予定はなかったが、こんなことで潰すのは惜しい。
 シュート体勢に入るため、椅子から立ちあがる。
「じゃ、一声出して気合を入れるか」
 ふう、と息を吐いて、腹にもう一度肺一杯の空気を吸いこむ。
 古くから伝わる中国式の呼吸法を思い出してそれを実践しているようだった。
 理屈はどうでもいい。さっさと位置につけ。
 剣呑とした表情を崩さず、カイが構える。
「やっと試合だよ、キョウジュ」
「言わば次試合のメンバー選考戦というわけですね!」
 わくわくと胸高鳴らせる面々と、一人呆けている今だ夢の中の少年と、すでに臨戦体勢に入っているコンディション最高潮の対戦相手。
 吸ったまま、一瞬息を止める。
 今まで茫洋としていたレイの表情が真剣さを帯びる。
 と思った瞬間、くわっと双眼が見開かれた。
「好きだ――っ!カイィ―――ッッ!!!!!!」
 大地を揺るがす轟音の後。
 転倒するカイ。
 横倒しに倒れこむ外野。
 そして。
 目が点のまま放心したタカオが、生ける屍となってその場に端座していた。
 唯一の生存者にして諸悪の根源レイは、何事かと周囲を見まわす。
 やがて。
 一番最初に強靭な精神力で持って意識を取り戻した火渡カイが、よろよろと力の抜けきった身体を引きずり、捨て台詞を残して部屋から去っていった。
『馬鹿か、おまえは…』
 カイ、不戦敗につき、レイの勝利。
「馬鹿とは何だ」
 死者がたむろする一室で一人、レイは憮然と頬を膨らませた。

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