中央庁の奥深くにある、見えざる者たちの根城と呼ぶべき場所へ帰った時にはいつでも。
常に、と呼べるほど恒例化してはいるが、義務ではない。
そう自覚しつつ及ぶ行為を行う部屋も、特に決まっていたわけではなかった。
就寝できる場であれば、どこでも。
時には簡易な寝台であったり、寝具など一切ない書庫の一角であったり。
ただ、体を重ねる行いそのものに禁忌を感じなかったのは、本来在るべき感じる心というものをすでに固めて無にしてしまっているからだろう。
きっかり二度、直腸の中に吐き出され、そうしてセックスと呼べる代物は終わった。
昨夜も。その前の夜も。
たまたま任務から帰還することが叶ったというだけで、もし寝場所が同じであれば毎日のようにでも続けていたかもしれない。
それは怠惰な習慣などではなく、挨拶のようなものであったからだろう。
目と目を交わし、言葉よりも先に腕を伸ばす。
誰にも知られぬ影の中で水と空気が戯れるように。
心情が伴わない、けれど確かな実感。
それが何かを変えるわけでもない。
処理というほど淡白でも暴力的でもない。
交わすものが肉体であっただけで、恋や愛といったものの擬似であったのかもしれない。
瑣末であるそれは、共有する時間がなくなればおのずと消滅した。
与えられるものは、指令の二文字でしかない。
昔、自身が持っていたはずの名で、監査事務官という役職に任命された事実を知ったのは、マダラオが去った日の昼過ぎだった。
一瞬、命じられた事柄に疑問のような、一種の躊躇のような感覚を抱きはしたが、返す答など決まっている。
拝礼とともに首肯し、退室するまでの間、教皇の名で告げられる辞令を直立したまま黙して聞いていた。
沈着冷静が当然とされるプロの戦闘員である『鴉(からす)』の中でも、無論例外はいる。だが、大抵は仮面を被ったように情感が面に出てくることのない中央の連中の中でも、際立って人間味が薄いと言われることが多い。
それは侮りでも憐れみでもなく、下命を受けない限り動かす必要のない部分であっただけだ。
他者に気取られることなく存在し行動するため、顔を隠し、姿の大半を厚手の布で覆う。
人形であり、影のような。打ち捨てられたとしても、数として認識されない者たち。
教皇の威信を護り支える礎となるためだけに在るのであれば、元より人としての器など眼中にないからだ。
言うなれば、黒の教団と世間から呼ばれる、信仰の名の下に作られた組織の中枢は、権力同士が凌ぎを削っていると言っても過言ではない。
監査室に勤務するということは、聖女の縁者として特異な地位にある『ルベリエ』長官の下に就くことを意味した。
当の長官とは面識がないわけではないが、特別な交流があったわけではない。
勿論、教団の影の構成員とも言うべき自分たちが、その重鎮たちの護衛に就くことは珍しくなく、そこで何度か覆面越しに接した限りだ。
神経質な声と態度、物腰すべてがおのれ以外の他を排斥するかのような、内面的な峻厳さを覚えたが、これと言って感じる部分はなかった。
感じるところがあってはならないのも、暗部としての役割だと言えるだろう。
ハワード・リンク。
懐かしい名称だが、文字の列でしかない以上、取り立てて感慨が思い浮かぶわけではない。
与えられた役目。
負ったものは変わらない。
鴉という日の当たらぬ部署から、表にでる。
重厚な生地で作られた監査官のジャケットに腕を通し、シャツの襟を正し、訪れた執務室のドアを叩く。
目線の鋭さだけは、一般人のそれとは重ならない。
それで良いのだと無言で促されるように、垂れた頭を上げた先に、機嫌など察することもできない上司の相貌があった。
-2009/05/10
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