しゅんしゅん、と、遠く離れた場所で蒸気の音が聞こえてくる。 ポットに水を張り、鼻歌など歌いながら火の番をしているのだろう。 他人を上機嫌にさせる手管など習得したいわけではなかったが、こういう状況に陥ってしまったのは、一重に溜まり続けた疲労の所為だと言える。 あるいは、人間のように日々生まれ変わることのない機械細胞が、いつの間にか疲弊というものを覚えてしまったのか。だとしたら、早々に買い換える必要があると、まるで家電製品の購入を検討する主婦のようなことを思案してしまう。 自分以外の人間がここにいて、役を買って出てくれる。ささやかな好意であることは無論承知しているが、一旦それに甘えてしまうと、まるで気を良くしたかのように、進んで物事を処理するようになってしまうのは厄介だ。 やめてくれ、とこちらから終止符を訴えない限り、良かれと思ってそれらを続けるのだろう。 怠慢だということはすでに自覚しているが、どうも環境がそれを許してくれそうにない。すべての状況を合理的に判断処理し、無駄のない生活を心掛けているつもりでも、時間という制限のある現実には机上の論も要を成さない。人間が人生を難しいと嘆くのは、なるほどそういう理由かと理解しかかった。しかし、それこそが機械にはあってはならない動作だったのだろう。 風の流れなどあるはずがないのに、共有している空気が、その香りを運んでくる。どこからともなく、などではなく、明らかに台所から漂ってくる香気は、眠った神経を程好い心地で覚醒させるスイッチになった。そんなものがなくても、体内に文字通り時計があるように、定刻に起床できるというのに、妙な習性を身に着けてしまったものだと思う。それが、まったく害を成さないものであるからこそ、怠惰だと理性は肉体を罵るのだ。 慣れというのは恐ろしいものだと、老い行く身体を嘆くように呟いた親友の姿が脳裏を掠める。 「グッド・モーニング」 高級ホテルのルームサービスを気取るように、片手にトレイを乗せて、蒼い仮面が顔を現す。 おはよう、と義務的に応じつつ、裸の肩からシーツを落とし、クロエはのそりと起き上がった。 「まだ、ゆっくりしてても良い時間だぜ」 大きな掌で動きを制され、怪訝に見つめ返せば、 ※未完です(当時残っていたものをそのまま載せました) |