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李功(りこう)という男、その交友

 何で、自分が。
 ぶつぶつと心の中で愚痴をこぼしつつ、重たい荷物を運ぶ。
 これは苦行かと思うほど暑さと重さですでにふらふらになっていたが、なけなしの体力と気力で何とか倒れずに済んだ。
 教えられた場所まで、あと十数メートル。
 目的地に到着するまで、何としても意識を保ち続けなければ。


 そう念じるようにして一歩一歩狭い歩幅で前進していると、何だか見たことのあるような容貌が近づいた。
「よお」
 誰!?、と思わず胸中でツッコミを入れてはみたが、ふらふらと前のめりに倒れ込む方が早かった。
 束の間放心していたのだろう。
 気がつけば、目の前には困ったようなしかめっ面の黒い頭が。
「え………!?」
 一瞬女性かと思ったが、どう考えても胸や二の腕の筋肉が異性だと判断するには逞し過ぎるだろうとの自らの冷静かつ見事な(?)見識によって、何とか事なきを得たが。
 か弱き婦女子の類なら、背負った荷物ごと自身の身体を二本の腕だけで支えられるはずがない。
 あー、でも、この際男でもいい。
 助かった、と、率直な感想をはあはあと肩を揺らしながら漏らすと、相手は鼻で苦笑ったようだ。
「…住む家は見つかったのかよ?」
 何とか、と、喉の渇きを感じながら答えると、そうか、と言って笑う。
 そこでようやくその正体が何者であるかということに思い至った。
 本当に、今更ではあったが。

 李功。
 同僚の師範に尻処女(多分)を捧げたであろう、その想い人だったはず。
 そして、今はにっくき恋敵だ。
 途端に内心で、けっ、と唾を吐きたくなったのは言うまでもない。
 しかし、どうやら助けてもらったことは間違いではないらしい。
「みっともないところを」
 一応お礼らしいことを口にしてみる。
 が、相手は取り立てて気にしてはいなかったらしい。
 こちらが二の足で立てることを確認すると、それだけで得心したようだ。
 自身がどんな反応を返しても、結果は同じだったのかもしれない。
 今日から住めそうなのか?、と再び尋ねられた。
 この尻軽男、まさか、僕に気があるんじゃ…。
 思いを寄せてくれる趙(しょう)師範に申し訳が立たないとは思わないのか、と勝手になじりながら、ごほんと咳ばらいをした。
「すぐに入れるところを探したっスからね」
 抜かりはないっスよ、と告げる。
 そうして、あれ?、と思った。
 何で自分はこいつに敬語を使っているのか。
 そうか、と李功なる白華の師範の情婦は微笑ったようだ。
 満面の笑み。
 やはり、こいつ、僕に気が…(省略)。
 若干頬を染め、警戒を怠らないまま、自身と同じ黒髪の影を爪先から頭のてっぺんまでじろじろと眺める。
 何の因果かは知らないが、こんな道の真ん中で会ったのが単なる偶然であるにしろ、今敵を知っておくのも悪くはない。
 少なくとも、気がかりな女性であるヘレンは、こいつにホの字なのだから。

 自然と、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
 確かに、美形………だ。
 嫌みのように、この田舎には不釣り合いなほど整った目鼻立ちをしている。
 どちらかといえば都会的な顔立ちと言えなくもない。
 土地が土地なら、アイドルかモデルでもやっていそうな部類の。
 人見知りをしそうな顔つきだが、先ほど簡単に笑顔を見せたように、感情は豊かな方なのだろう。
 太くも細くもない体はさすがというか、感心するほどよく鍛えられている。
 身長は師の梁(りょう)より十センチほど低いくらいだろうか(自分より五センチ以上は高い)。
 声も奇妙に甲高いわけでも、掠れているわけでもない。
 はっきり言って、悪くはない。
 同性として、うらやましいと認めるのも癪なくらいだ。
 よく観察してみれば容姿の随所に男らしい部分があるのだが、全体的に見て面立ちが異様に整然とし過ぎて、荒を探す方が難しいくらいだ。
 これで性格に多々難があればこちらの溜飲が少なからず下がるというものだが、人助けをするだけの心の余裕があることから、その予想は外れているようだ。
 外気に晒された白い額には、黒龍拳の師範級、またはそれ相応の実力を擁す拳士を示す『竜』の一文字。
 これを見て忌々しく思うのは、恐らく白華の高弟だけだろう。
 白華拳の仇敵。
 かつてこの里を預かる西派拳法の最大門派である白華とその開祖の血を引く指導者を窮地に陥れた張本人。
 三名の師範のかたきである黒龍の人間を、快く迎え入れているらしい大道師や梁、そして趙の神経というものを疑わざるを得ないと感じたとしても無理はなかった。
 奴らの陰謀によって自分たちの居場所をなくされるかもしれなかったのだから、仇のように睨みつけることこそ相応しく、況してや仲間として認識するなど正気の沙汰ではない。
 あるいはこいつだけに限って無害だったのかもしれないとしても、どうせ色仕掛けで趙や梁に取り入ったのは明白だ。
 精神が鋼でできているあの二人がそんなものに惑わされるはずがないと頭では理解をしていても、難癖をつけずにはいられなかった。
 この智光(ちこう)だけは騙されないぞ、と全身から敵意をむき出しにして睨みつけても、相手は少しも気分を害した風もなかった。
 こいつは見た目に依らず、心臓に毛でも生えているんじゃないだろうか。
「おまえの家の場所、どこか教えろよ。荷物持つの手伝ってやるから」
 あの様じゃ辿り着く前に昏倒するのが目に見えていると苦笑され、反論できずに口を噤む。
 ぐぐぐ、と内心の怒りを抑えているのだが、どこかしら、出してはいけないとの警鐘が耳の奥で鳴っているような気がした。
「……村の端っス……」
 なんで黒龍出身の情婦風情に丁寧な言葉遣いをしなくちゃならないんだと自らにツッコミながら、心中で激しく中指を立てる。
 額の竜の刺青も実力者の寝所に忍び込んで、裸で仰向けになってちょーだい、ちょーだい、をして手に入れたものだろう。
 そう思えば、煮えたぎる憤りを鎮めることができなくもない。
 この淫売!!
 少しくらい僕に親切にしたからって、白華はおまえら黒龍拳に対する風あたりを和らげてやるつもりなんかないからな!!!!
 勿論、心の声は心の声。
 顔面に大量の汗をかきながら瞑目したところで、間違っても外に出せるわけではなかった。



 結局荷物の大半を心の中で蔑みまくっていた相手に持ってもらうことになり、もしかして意外とこいつはいい奴なんじゃないかと情に絆されそうになりながら、玄関のかぎを開ける。
 背後から、立派な家だなと、感嘆が届いた。
「家族と住むのか?」
 邪気のない問いに、ぐ、と声が詰まる。
「白華の師範が、こじんまりした家に住むわけにはいかないっスからね」
 広過ぎるということはない、と弁解する。
「見栄張んなよ」
「…………!!!」
 ぷちん、と短過ぎる理性の緒が切れた。
 俺がどんな家に住もうが勝手じゃないっスか!!!、と必死の形相で詰め寄ると、わかったわかった、と投げやりな返答が返る。
 まるで取り乱した自分だけが異常であるかのように。
「じゃー、適当に荷物置くからよ」
 あとは勝手にしろと言っているのだろう。
 言われなくてもそのつもりだが。
「………そういえば、趙師範は?」
 一緒じゃなかったのかと尋ねると、急病人ができたからそっちへ行ったとぶっきらぼうな声が返った。
 もしかしなくても、どこか落胆していたのかもしれない。
「そうっスか」
 先刻とは打って変わった静かな表情を見せられても、慰めてやろうなどとは微塵も思わないが。
 そもそも、男同士で懇意どころか好意を持ち合うような関係であるのだから、今以上の難関などこの先も山とあるはずだ。
 それを覚悟で付き合っているのではないかと思えばこそ。
「どうせ、大したことないっスよ」
「………?」
 怪訝な顔つきになる。
 同じ師範でも村人の命に関われば気になるのが道理なのではないかと感じたのだろう。
 はっきりと責めはしなかったが、明らかに腑に落ちない様子だ。
「呼び出されてから、大分時間が経ってるはずっスから」
 患者の容体が急変しなかったのであれば、適切な処置に時間を割いているはずだと自身の見解を語る。
 納得したのか、李功はふとドアの方を向いた。
 
「…待ってたらどうっスか」
 さも不思議なことを言われたと言いたげな目線が返った。
 長い睫毛が瞬く。
 そのうち戻ってくるっスよ、と続けると、そうは言われてもなー、と相手は両腕を胸の前で組んだ。
 何やら考えあぐねているらしい。
 さっきから黒龍の拳士としては予想外の姿を見ているような気がするが。
 なぜここまで気を利かせてやっているのだろうと自分でも違和感を覚えないわけではなかったが、知らない人間に厚意で助けてもらった所為だろう。
 向こうは反目すべき門派の一員ではあるが、これで貸し借りは無しだと感じたからだ。
「丁度、隣っスよ」
 隣家が、会いたがっている趙の借りた一軒家だと教えると、切れ長の目を丸くしてこちらを見た。




(智光さんと、李功)
-2014/02/18
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