淀みのない。
澱みのない好奇心と熱意に溢れている奴、というのが、そもそもの彼に対する第一印象だった。
生来、他人の心理の深層や本質を、体外から感じ取ることのできる能力を備えていた自分にとって、その見識は特段目を見張るものではなかった。
プラスに輝く者もいれば、勿論マイナスの、暗鬱たる暗い光を体表へ発する人間も多くいる。
それは生まれながらの気性だけでなく、その時々の体調というものに起因することもあれば、やはり気分という、非常に繊細な部分から齎されることもあった。
ごく当たり前のように、誰にでも見えている光景だと思っていたからこそ、その力を特別視することもなく、自身を優れていると感じることもなかったが。
トリコは、少年特有だろう、原色に近い波長を常に発し続けているような、良く言えば酷く陽気で元気な人間だった。
組織の『庭』と呼ばれる膨大な敷地を有するIGOの特別な区域内で、演習という名のプロの美食屋稼業を行える者になるための試練と修行に没頭する日々、独特の価値観と、柔軟なようで強引な性格のトリコとは、ともにミッションをこなす機会が度々あった。
年が割と近かったせいもあるのか、打ち解けるのに時間は必要ではなく、中々他人と馴染まない自分の垣根も容易に乗り越えられる稀有な少年だった。
対する側が敵意や警戒心を抱いていない限り、かなり穏便に、そしてどこか親切に、人懐こく笑いかける癖がある。
こちらが臨戦態勢であったり、わずかでも隙を見せれば途端に急所を切りつけてくるような状況でない限りは、懐の深さを感じさせるような大らかな気概で接することが多い。
実際、仲間というものにも肉親というものにも特に恵まれていなかった自分にとって赤の他人などどうでも良く、あからさまに無視を決め込んでいたわけではないが、どういうわけかあちらから気に入ってくれたようだ。
一見してその人の持つ本質を読み抜ける。そういう、言葉でははっきりとは形容ができない能があるのかと勘繰ったが、話をしているうちにそれがトリコ独自が持つ鋭い嗅覚によって齎されていた能力だということを悟った。
匂いの好い悪いだけで、本当にその為人(ひととなり)がわかるのか。
問うたところで、では生身や固体が放つ微弱な電磁波を感知する才に長けた自分はどうなのかと、今と同じことを尋ねられれば、明確な答を出すことは至難だった。
だとしたら、問い質すこと自体が馬鹿げているということになる。
瞬時に、しかし的確に。トリコという者が持つ資質を理解した時、相手は不敵にも目を細めて笑っていた。
屈託のない笑顔ではなく、訳知り顔の本物の笑み。
声に出さなくてもわかるのだ、という点で、自分とトリコは同じ生き物だと思った。
意気投合というほどあからさまではなかったが、任務に同行し、数限りない作戦を成功に導いてきた年月の折、ふとしたことで垣間見たものがある。
それは、普段は心地好い光が表すプラスの意気に隠された、トリコの素の姿だと思われる青いモノだった。
これほど明瞭なものに、なぜ今まで気づかなかったのかと自らを疑いたくなってしまうほど、目にした瞬間はほとんど呆気に取られたといって良い。
貪欲、とも思える、その欲望は、人の欲であるからこそ業が深く、根というものがどこにあるのかということを探ることすら不可能なほど、魂の中に紛れている。
トリコが持っているのは、澱みのない純粋さだけではない。
それと同じくらい本能として備わっている、食欲という、肉体と細胞が欲する原始の連鎖。
他者の命を残酷に断ち切り、繋げるその生業に、生き物としての枠を超えた悪鬼のような衝動が取り憑いている。
トリコのことを、心底から悪寒したことはない。
嫌悪をしたことがあるのだとすれば、それこそ、並々ならぬ食い気を裏付けるような品のない食事風景くらいだ。
だからこそ、取り立てて騒ぐ必要のないものだと思っていた。
そう、今も昔も。
鬼神そのものが宿っているかのようなその動機が、さらに肥大化し、強大となっても、恐れるものではないと熟知していたから。
-2008/11/10
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