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憩う
 大層な処置を施されたものだと。
 目撃した瞬間、呆れ返ったように大げさな声音が響いた。

「……眼球に直接傷がついたわけじゃないが、念のためだと言っていた」
 捕獲レベルが特に高いわけではなかったが、窮鼠宜しく、追い詰められた猛獣が、鋭い爪とともに高速で砂粒よりも小さな破片を飛ばしてきたからだ。
 条件が良くなかったという単純な理由もあるが、長引く戦闘によって土中から剥き出しになった鉛色の岩から、金属片のような粉が削れ、運悪くそれがココの眼を直撃したのだ。
 咄嗟に腕で顔を庇ったものの、砂埃のように舞い上がり、相手を襲った鉄粉のすべてを防ぎきれたわけではなく、結果的に負傷をしてしまったのだ。
「…しっかり洗浄をしたから、痛みはもうないんだ」
 声の調子を聞いていれば、普段と同じくらいに体力的には回復をしているのだろう。
 細かな粒子が一度混入してしまえば、瞼で覆われただけの剥き出しの粘膜は、精密な機械よりも繊細で敏感だ。人体である以上、自然な治癒力に頼る部分も少なからず出てくる。高級にして良質な食物を摂取すれば復活をするのは、主に身体機能とエネルギーそのものだ。応用できる分野もあれば、医療が足踏みをせざるを得ないところでは慎重にならざるを得ない部分もある。
 経過を診る、といった名目で、今日一日は暇を言い渡されたらしい。
「ま、どっちだって良いけどな?」
 ココの見舞いと称して、本日のメニューを早々に切り上げてきた身としては、大したことはないから帰れと言われようとも、大した弊害はない。
 退屈であれば、再び庭に出向いて自身のお気に入りの場所で昼寝をしても構わないし、そこで暮らす動物たちの生態を観察して時間を潰すのも悪くない。
 四角い建物の中に閉じ込められていることこそが無駄だと常々考えている手前、外に出てしまえばいくらでも興味深いことは揃っているからだ。
 とはいえ、今だ自由に世界中を飛び回れない自分自身に、不満がないわけではないが。


「本当に見えてないのか?」
 いつもは額に巻いている包帯が、今度はかなり窮屈に、そして頑丈に眼前を覆っているような姿を間近から眺める。
 身を屈ませて覗いている間も、わずかな空気の動きから、距離や実体を凡そ掴めているのか、ココの反応は鈍いわけではない。
 むしろ、過敏であるかのように、ぴくりと体を引き攣らせたのが、愉快でないとは言い難い。
「どういう意味だ、それは…?」
「いや、どうせおまえのことだから」
 常人以上、超人並の視力と視覚を備えているのだから、こうして目隠しをしている今も視界が利いているのではないかと訝ったとしても不思議ではない。
「…真っ暗っていうわけじゃないが、平常時と比べたら、まったく…」
 見えていない、と客観的にわかりやすく説明をしてくれる。
 物理的に眼を塞がれたとしても、光を知覚する機能は生きているので、おぼろげであるとはいえ人や物が放つ電磁波は捉えることができているらしい。無論、常態と比較すれば、雲泥の差であることは明らかではあるが、完全な暗黒に閉ざされているわけではないのだろう。
 ただ、すべてが茫洋として掴み所がない、というのが、今現在のココの感想であるようだ。
「明日には治っているだろうとは思うが…」
 暗黙のうちに自分たちの人間離れした回復力を示唆し、相手が上半身を起こしたままの寝台の上に腰掛ける。
 ぎしん、と安物ではない特注品であるはずのベッドのスプリングが軋んだ。
「中々そそるシチュエーションだとは、思わないか…?」
「………………」
 呆れたように閉口し、そして思わない、という断言がへの字に歪んだ口元から発された。
「………寝込みを襲うのが趣味らしいな」
 つくづく、おまえは。
 軽蔑しきった調子というわけではなかったが、幾度も学んでいるだろう事実を、改めて口にするのは負け惜しみもあったのかもしれない。
 皮肉すら堂々と受け止め、片方の頬を吊り上げて快活に明言する。
「弱ってる姿を、俺に見せるおまえが悪い。」
 そうだろう、ココ?、と。
 顎を突き出して同意を求めるように促すと、見えていないにも係わらず、黒の胴着に身を包んだ側は、深いため息を吐き出した。
 やがて、仕方なしといった態度で言葉を放る。
「………いいさ、」
 ボクも、退屈をしていたし。
 下らない戯れに付き合ってやる、と放言をしたのは、気紛れだったのか確信だったのか。










































































































































































-2009/11/11
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