クロエはケビンに対して一つの疑問があった。
その疑問を持ち始めたのは、ケビンがある質問に対して同じ反応をするのに気付いてからだった。
「やはり、これも同じか・・」
クロエはそう呟き雑誌を閉じた。その横には十冊以上なる雑誌の束が詰まれていて机の上は完璧に雑誌に埋め尽くされていた。
「何故この欄だけがいつも空白なんだ?」
そう独り言を言いクロエは空欄の質問を思い返した。
「好きな食べ物」
ケビンは自分の生年月日や趣味などは割と事細かに答えるがこの質問に対しては口篭もり答えない。レポーター等がしつこく聞いてくれば眉をしかめて、特にない、と素っ気無く答えるだけだった。
ケビンの傍らに常にいる自分からしてみればこの時のケビンは何処かおかしいと感じた。
それからクロエは、ケビンは何故この質問に答えないのか?と言う疑問を持ち始めた。
直接本人に聞けば済む事だがもしかしたら自分の思い過ごしで雑誌系統には書き込んであるのではと、思いこうして調べていたのだった。
結果は全てが空白もしくは別にないと書かれているだけだった。
頬杖をつき心当たりがないか考えていると、
「さっきから一体何を調べてるんだ?クロエ」
ふいに後ろから声を掛けられ思考が中断された。振り向くとそこには疑問の張本人であるケビンが呆れた様子で立っていた。ケビンはクロエの向かいに腰掛け机を占領している雑誌の幾つかに目を通した。
「何だ、俺の自己紹介やプロフィールのページばかりにチェックが入ってるぞ。こんな事をしなくても聞きたい事が有るなら直接俺に聞けばいいだろ、クロエ。」
そう言いケビンは雑誌をクロエの前に軽く投げた。言い方は何気無いが声や様子を見れば上機嫌なのは一目瞭然だった。クロエが自分を気に留めているのが嬉しいかったのだ。体を少し屈めクロエの顔を覗き込むようにしてケビンはクロエに問い掛けた。
「俺の何が知りたいんだ?」
「俺の」の部分を強めて言ったのは聞き間違いでは無いようだった。クロエは少し考えてそして口を開いた。
「本当に聞いていいのか?ケビン」
「ああ、何でも答えてやるぜ。」
「じゃあ聞くが好きな食べ物は何なんだ?」
その質問を聞いた瞬間ケビンの目が一瞬大きく開いてすぐに鋭いものになった。
「何故それを聞きたがる。」
目付きと同様に声も多少、鋭くなった。やはりクロエの勘違いではなくケビンはこの質問を嫌っているようだった。それが何故なのかこの場で聞かなければケビンはこの先絶対に口にしない。クロエはそう直感し意を決した。
「ただ知りたくなった、それだけだ。」
率直に述べて相手の反応を見る。ケビンは少し考え込むようにして目線を下に向けまた戻してきた。
「いくらお前の頼みでもなぁ・・・」
ケビンは右手を後頭部に当て出し渋っている。もう一押し、そう確信したクロエは声の調子を落とし落ち込むような口調で呟いた。
「そうだな、ただのセコンドがそんなことを聞く権利が有るはずが無い。どんなにこちらが望んでも所詮、俺はケビンにとってそれだけの存在なんだ。済まないな、ケビン嫌な思いをさせて。」
そお言いながら顔を少し下に向ける。静かながらにも強調する所はしっかりとされているセリフ、クロエは顔は動かさず目線だけでケビンの様子を伺った。案の定ケビンはその場で凍りついていたそして参ったとでも言う様に溜め息を吐いた。
「聞かせてくれるな?ケビン」
「お前・・その言い方は反則だろ・・クロエ」
「ああ、そうだろうな。」
クロエは自分がケビンにとってどんな存在かは十分理解しているだからこそ、あのような言い方が尤も有効であるのは承知の上だった。ケビンはふてくされる様に顔を背け、頬杖を付き組んだ足の上に肘を乗せた。
「聞かせても良いが笑うなよ。」
「ケビン・・俺がケビンを笑うなんて考えられるか?」
「いいから笑うな!それだけは誓え。」
「分かった。」
「・・・・・・。」
「聞こえないぞ?ケビン」
「クリームシチューだ。」
不機嫌で小さな呟きそして暫しの沈黙クロエはもう一度ケビンに聞こうとしたが止めた。
代わりに別の質問をケビンに問い掛けた。
「ケビン、二つばかり聞いてもいいか?」
「何だ。」
声はまだ不機嫌のままだが怒鳴り付ける程ではなかった。
「一つは何故それなんだ。」
「それ」と聞いたのはケビンがこれ以上機嫌を損ねない様にするためだった。
ケビンはこちらを見て足を解いて腕を組んだ視線は机の方に向けられていた。
「昔、俺が小さい頃風邪を引くとマミィが必ず作ってくれた。それだけだ・・」
「分かった・・じゃあもう一つ何故今まで黙っていた。」
「一つはイメージに合わないと言われると思って、もう一つは小さい頃の事は余り人に話したくなかった。」
「そうか・・。」
クロエは何だかケビンに悪い事をした気がした。確かに自分はケビンにとって他とは違う存在だが、だからと言って相手の過去にずかずかと入れる訳ではない。クロエは机の上で軽く手を組んで視線を手に落とした。
その動作を見てケビンはクロエが落ち込んだのを察した。なんとなくバツの悪い気持ちになりケビンは腕を解き背中を椅子に預けクロエに声を掛けた。
「別にお前が落ち込む事はない俺が勝手に気にしていただけだ。他の奴に聞かれるのは嫌だが、お前なら俺は構わないと思っている。だから、気にするな。クロエ」
ケビンの言葉を聞きクロエは落としていた視線をケビンに向けたマスク越しでもクロエにはケビンが笑っているのが分かった。それを見てクロエも少し笑い椅子から立ちあがりケビンの後ろに立った。
「クロエ?」
クロエの方を向こうと振り返りかけた瞬間クロエはケビンを後ろから抱きしめた。丁度クロエの胸の辺りにケビンの頭がスッポリを収まる形だった。不意の行動にケビンは固まった。しかし、次いで聞こえた言葉で固さは取れた。
「済まないそしてありがとう。」
囁く様な言葉にケビンは返事の代わりにクロエの顔を自分の近くまで引き寄せて軽くKISSをした。
互いに小さな笑みを浮かべ暫くそうしていた。と、不意にケビンはある疑問を思い付いた。
「クロエ、俺もお前に聞きたい事が有る。」
「ん?何だケビン。」
「俺の好物を調べてたのは本当に知りたかっただけなのか?」
「ああ、本当だが。」
「しかし、何で知りたくなったんだ?」
「それは・・・。」
そこでクロエは口篭もる確かに行動に疑問を感じたのと知りたかったのは事実。しかしその行動を起こした根本をクロエは
言えなかった。口篭もるクロエを見てケビンは何かを察し不敵に笑った。
「そうか、確かにセコンドやパートナーとして俺の体調管理に気を使っていてくれてるんだな。」
「あ・・ああ、そうだ。」
「しかし、別に俺の好物でなくても良いんじゃないか?クロエ」
「・・・・・。」
答えられないクロエを見てケビンは上機嫌になった。ここまで聞けば大体は分かる。
ケビンは外れかけたクロエの腕を掴み振り向いてクロエを抱きしめたそして耳元で呟いた。
「愛してるぜ、クロエ」
クロエは答えなかった。しかし、クロエの手はしっかりとケビンの背に回されていた。
知りたくなった理由・・・それは・・好きだから。
++
おまけ
ケビンはいつもの様にトレーニングの後のシャワーを浴びて体を乾かしていた。と、不意に懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
それは自分が幼い頃とても親しんだ匂い、ケビンは急いで衣服を着てマスクを付けドアを開けた。
そこにはクロエが部屋に備え付けられているテーブルに皿やスプーンを置いていた。
ケビンはもう一度、確かめるように匂いを嗅いだ。やはり、あの匂いだった。
「クロエ」
「ん?何だケビンもう出て来たのか。」
「あ、ああ。」
「丁度、準備が出来た所だ。さ、座ってくれ。」
クロエに言われケビンは席に着いたテーブルには先ほどの皿やスプーンが綺麗に並べられていた。一目でディナーの用意だと分かった。クロエは大き目の鍋の乗った配膳代をテーブルの近くまで押してきた。ケビンはその匂い嗅いでクロエに声を掛けた。
「クロエ、一つ聞いても良いか?」
「何だケビン?」
「それは、お前が作ったのか?それともホテルのシェフか?」
「俺じゃ不満か?ケビン」
「いや、そんなはずない。」
「・・そうか。」
「ああ。」
ケビンは最高に良い気分だった思わす顔には笑みが浮かび笑いが止まらなくなりそうだったが、そこは堪えた。
そして、テーブルの中央に花を置くクロエにケビンは問い掛けた。
「クロエ、もう一つ聞いても良いか?」
「何だ?」
「メニューは何なんだ?」
「当ててみるか?」
「お前の口から聞きたい。」
「分かった。」
そう言いクロエは料理の名を口にした。
余談だがこの料理の名がクロエの得意料理の中に入ったのはそれから数日後だった。
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