トレーニングの後ケビンがベットで寝ころがっている時、傍の机でPCと向かい合っていたクロエが不意にこちらを向き声を掛けてきた。
そして、ケビンはクロエが言った言葉をもう一度言った。
「たなばた?」
ケビンは聞き慣れない言葉に上体を起こし首をかしげた。不意にクロエから聞かされた言葉。
それはどうやらジャパンに伝わる季節行事の一つらしい。
「そうだ、ケビン知っているか?」
「知っているも何もなんでいきなりそんな事を聞くんだ。クロエ」
相手の意図が理解できずケビンは少し困惑した。
理由を聞けばネットで情報検索をしている時たまたまジャパン関連のサイトにその行事の特集があったらしい。そしてジャパンに行った事のあるケビンが知っているか聞いたのだった。
無論、ケビンはジャパンの行事に興味を持つ等と言う事は無かった。
「そんな興味の無い事を調べる程、俺は物好きじゃない。」
「そうか、興味が無いか・・・。」
少し意味ありげな物言いにケビンはふと、気がついた。
「・・・まさか、クロエ・・。」
「俺は、面白いと思うんだがなぁ。」
(やっぱりな。)
ケビンは心の中で呟いた。そして、
(クロエの事だからな、少し覗くつもりが気がついたらかなりの事を調べていた。と、いった所か。)
と、一人で納得しクロエが折角調べた事を無駄にはさせまいとクロエに聞き返した。
「何だ、そのたなばたと言うのはそんなに面白いのか?」
「いや、興味が無いなら無理に聞かなくても・・・。」
「興味なら今沸いた。どうせお前の事だ色々調べてあるんだろう?」
「・・・よく分かったな、ケビン。」
「お前のやりそうな事だからな。」
クロエはふっ、と笑いそしてケビンに色んな事を話した。
七夕の由来、それにまつわる物語、現代の七夕について等一通り話した所でケビンに感想を尋ねた。
「納得できん。」
「は?」
「さっきお前が話した七夕の話だ。俺は納得できんぞ。」
「話・・織り姫と彦星の話か?」
「そうだ、一年に一度だけなどと俺は納得できん。」
ケビンはさも、理不尽だとベットに座り直し頬杖を着いた。
「そうか、俺はそれでも良いと思うが?」
「何故だ。」
「想いを募らせているからこそ星は光り輝いている。」
クロエのその言葉にケビンは沈黙した。しかし、すぐに何処かからかうような口調で口を開いた。
「お前がそんなロマンチストだとは知らなかったな。」
「おかしいか?」
「いや、寧ろぴったりだ。」
「そうか。」
互いに顔を見合わせ笑った。
「しかし、俺がもしその彦星の立場ならそんなには我慢できんな。」
「ほう、ならどうする?」
「そうだな・・・・いや、それ以前だな。」
「以前?」
「あぁ、そうだ。」
ケビンの言いたい事が分からないクロエは顎に手を当て少し視線を落とし意味を理解しようとした。それを見てケビンは溜め息をついた。
「分からないかクロエ、俺から何か奪おうとする奴に俺が黙って従うと思うか?」
あ、とクロエは短い声を発した。そして、笑った余りにも単純すぎる答えに。
「そうだな、ケビンなら絶対に従わないな。」
「当たり前だ。俺はお前を絶対手放したりはしない。」
ケビンはクロエを真っ直ぐ見据えて言った。と、それまで笑っていたクロエが急に黙りそして静かに立ち上がりケビンの横に腰掛けた。俯いていたので表情は読み取れなかった。
ベッドが少し軋んだ。
「クロエ?」
「・・・頼もしいな。」
そう呟きクロエはゆっくりとケビンに視線を向けた。ケビンはクロエの首筋にそっと片手を添え軽くKISSをした。マスク越しのはずなのに唇が触れたように錯覚する。
添えた手をそのまま首に回しケビンはクロエを自分の方に引き寄せた。
クロエもケビンの肩に手を乗せ今度は自分から口付けた。
「なぁ、クロエ。」
「何だ。ケビン」
「今夜は星が綺麗に見えるらしい。」
「それで?」
「今からでも見に行かないか。それとも俺とでは嫌か?」
「嫌なわけが無い。」
そう言いクロエは肩に乗せていた手を首に回し互いの額を重ねた。
外は満点の星が輝く夜空、その輝きはまるで二人の事を見守る様に優しく降り注いでいた。
お ま け
それから数日が経ったある日
「願い事?」
「あぁ、そうだ。」
「願い事を言うのも七夕行事の一つなのか?」
「いや、正確には言うのでは無く書いて吊るすんだ。」
「そうすれば叶うのか?」
「ジャパンではそう言われてる。」
どうせ行事の一環だろう、とクロエは言っていた。それならばと思いケビンはある思い付きをした。
「クロエ。俺にはぜひ叶えたい事があるんだが聞いてくれるか?」
「別に構わないが叶うかどうかは・・・」
「心配するな。叶うかどうかはお前次第だ。」
「?」
分からないと言う表情をしているクロエにケビンは言った。
「お前と結婚したい。」
「は?」
「だから、結婚だ。クロエ」
「誰とだ?」
「俺とお前以外に誰がいる?」
暫しの沈黙、ケビンはクロエがどんな反応をするのか見つめた。
クロエは最初は呆けていたが直ぐに何か考え始めた。もう少し慌てるのかと思っていたが相手は普段通り、これは冗談に取られたのかとケビンは内心思った。
確かにこんな時の言うのだから冗談の節もある。が、こっちは真剣に言った。つもりだった。
「ケビン。」
「ん?何だクロエ言っておくが・・」
こっちは真剣に、と言おうとした時
「今は言えない。」
「は?」
今度はケビンが呆けた、今は?とは。
「クロエ、それは・・・。」
「今はまだハッキリとは答えられない。が、いずれ答える。それじゃ駄目か?」
「あ、いや・・別に構わない。」
冗談には取られなかった。が、ここまで本気に取られるとはケビンは思ってもいなかった。だから、内心動揺していた。多分、マスクの下は耳まで赤面しているだろう。
その動揺を抑えてケビンはクロエに聞いた。
「クロエ、その別に構わないがいつ頃・・・。」
「なら、これならどうだ。ケビンが真に超人の頂点を極めて時、そのときにハッキリ言おう。」
その言葉が原因かは分からないがその日からケビンのトレーニングに取り組む意気込みが一層強まったのは言うまでも無い。
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