お前はアイクとどういった関係なんだ?
そう問われて、即答できるのが剛の者。できないのがそれ以外、という分類に分けられるかどうかは定かではない。
が、恐らく自分は、思いきりよく答えられないだろうと踏んでいた。
まあ、要するに。
永遠の片思いの相手、という言葉をすんなりと吐き出せるほど、無恥でも能天気でもないということなのだが。
「何だよ、スクリミル。面と向かって」
赤い鬣の勇士を前に、ライは半ば呆気に取られていた。
ガリアの次期国王候補であるだけに、一度肝が座ると、どんどん大きくなる器の持ち主であるらしい。
カイネギス王の甥は、以前よりも輪をかけて威風堂々とした出で立ちになったと、最近評判になっている。
「俺の見たところ、恋仲…、というわけではなさそうだが」
にやにやと下卑た笑いがその面に浮かんでいないのは、どこかの傭兵団長同様、生真面目な性格が起因しているのだろう。
無論、ベオクよりも寿命が長いラグズの間では、生殖行動を起こすだけの要因となる恋愛そのものが頻繁というほどではない。発情期というのも、ある年代を超えてしまえば、もはや意のままになる程度のものでしかなかった。
子どもを成せない間柄であるとはいえ、行為に走らせるだけの衝動があること自体、非難する対象ではないと考えているからこそ、平然と尋ねられるのだ。
「…なぜ、そんなことを聞くんだ?」
突拍子もない発言をするのは、今に始まったことではない。
勇猛であるがゆえに細心にこだわらず、義と勇を重んじる。ベグニオン帝国に敗を喫してからは、弱者を守るために戦うことを覚えた。そのためには、自分の能力を過信せず、仲間と力を合わせる術を学んだ。たとえ誇りに賭けて戦いを挑まれても、部下の進言を聞けば退くことも辞さないだろうと今なら思える。自信とは別の信頼というものをあの戦いでスクリミルが勝ち取ったというのは、間近で接していてもよくわかるからだ。
その、自身の上官が突然そんな俗物的なことを言い出すのだから、猜疑心が芽生えてしまっても無理はないだろう。もしかして、どこぞの誰かの入れ知恵なのでは、と勘繰ってしまいたくもなる。
「うむ。小さい軍師殿に言われたのだ」
やっぱりか、と心中でライは白々しい目つきをしたくなった。
スクリミルが一目置いている、ベオクの人物。グレイル傭兵団でアイクの右腕のように常に傍らにあり、知略によって団を支えている少年だ。見てくれは子どもだが、そんなものには左右されないほどの存在感がある。
冷静に状況を判断し、あらゆる角度から戦略を練る。勝利に導くための策、奇抜な発想が、一体その頭のどこから生まれてくるのかは誰にもわからない。一種の天啓のように、彼にしか見えない糸のようなものがあるのかもしれない。
ラグズ連合の軍師と言っても過言ではない少年、セネリオは、アイクのための策略家だ。少なくとも、数年前まではそうだった。彼のために働くことを至高として、他の一切を顧みなかった。ただ、その感情は、幼馴染みのように思う相手を助けたいという心持ではなく、見守る者、仕える者としての忠誠心に近い。三年前の駆け出しの傭兵だった頃のアイクに、そこまでする価値がどこにあったのか、自分としても不明瞭な点がないわけではない。けれど、きっと何かの誓いのように、セネリオの胸にはすでにアイクという存在が刻まれていたのだろう。
その、ある意味保護者と称しても差し支えがないほどアイクに心酔している人物が、どうやらスクリミルに何かを言ったらしい。
「あまり、お前を近寄らせるなと言われたのだ」
「……………………」
おい、と思わず乾いた声を発しかけて、留める。
確実に敵視しているわけではないとは言い切れないが、そういった印象を受けずにはいられない。最初からそうだと思っていた。アイクに近寄る者が気に入らないというよりは、自分との相性があまり良くないと評すべきかもしれない。ラグズを半獣として忌み嫌っていた経緯があるとはいえ、初めから好印象というわけではなかったのは、アイクが初めて接したラグズだった所為もあるのかもしれないが。
「それで、俺に近寄るなと忠告をしに来たのか?」
本国に帰還し、態勢を立て直して再び帝国に攻め入るための準備を整えている最中である。
前と変わらず総大将を努めている相手が、自身の片腕に語るべきことならもっと別の事柄があるだろう。
「俺としては、どちらを立てるべきかを考えあぐねているところよ」
軍師の言うとおり、接触をしないよう見張るのが得策なのか、ライの意を汲んでそちらを応援するか。
スクリミルとしては、同じ獣牙の戦士であり、ガリア軍の副官を立派に勤め上げている後者の方が肩入れしやすいのだろう。むしろ、男として、本気の恋ならば後押ししたいという気持ちが強いようだ。
その点は正直、感謝したいと思う。
対等な仲間であると認識されているから、態々相談までしてくれたのだろう。
「……あいつは。…アイクは」
何て言えば、良いんだろうな。
口中で呟きながら、ひとつひとつ言葉を噛み締める。
離れることがあっても、それが常態であるから問題にはならない。生きる場所が違うのは、ベオクとラグズである以上当たり前の概念だからだ。何年も会わないことがあっても、それすら平然と受け入れることができるだろう。
けれど。
いつも考えると思う。思うと思う。ただ、思い出すと思う。
その横顔。佇まい。容姿。肩。後姿。面差しとそれ以外。多くは語らないから、その内側を知りたいと思う。決して空洞ではないその内に、何が息づいているのかを考えてしまうだろう。
そういう、形容するのは安直ではない。だけど、たった一つのことを、何気ない景色から連想してしまう者。
身に馴染んだ空気のように、アイクのことを思わずにはいられない。
「……………」
瞼を瞬くことなく答える男に、スクリミルは真剣な眼差しを向けていた。
純粋であることは、ラグズであれば誰もが持つ特質だ。
力に対するものにせよ、他者を見抜く眼識にせよ、偽りや虚飾などに惑わされたりするものではない。そういった虚偽がラグズの社会にはないから、根源的なものを見抜く目を養える。肌で感じる気配や気の質によって、他人の内面までをも見通せるのだ。
それが捉えた、アイクというベオク。
ガリアに住む猫の民の中で最も強い男は、曇りのない意思で自身と相手を捉え、見極めていた。
「そうか…。わかったぞ」
大きく頷き、スクリミルは男らしく口端を引き結んだ。
「お前の心意気は理解できた。俺は、お前の片恋の後押しをするぞ」
同じ獣牙の兄弟として、牙も爪も持たない友人に対する恋慕を支援する旨を約束する。
片思いだと断言され、言ってくれる、と胸中では複雑な気分を噛み締めつつも、ライもスクリミルの厚意を有り難く受け取った。
「とりあえず、あいつの取り巻きたちが俺について何かを言ったとしても、聞き流してくれ」
そうしてくれれば助かる、と付け加え、差し出された手を握り返した。
「男に二言はない」
明瞭な返事を受け、他人を思いやれるようになったこいつが次期国王候補であることを誇らしく思った。
-2007/05/30
→next_text 心地良い矛盾2