+ ハパチ。 +

02 /楽園・続

 太腿の上に立ち上がった身体を、下から抱きかかえる。
 細い足の間を縫って掌を動かす間、珍しくその行方が気になるのか青い瞳が軌跡を追った。
 見られていると思えば、気恥ずかしさを感じないわけではない。けれど教えてやると言った手前、見るなと言うのもちんぷんかんぷんだろう。ここはひとまず目を瞑ることにして、破天荒は指を股間の皮膚に密着させた。
 触れただけでは何も感じないはずだというのに、びくりと背後のトゲが一斉に上方を向いた。総毛立ったようなものなのか、明確な変化に思わず笑みが漏れた。
 終わってしまえば行為の記憶など微塵も覚えていないと思ったが、どうやら肉体は別個であるらしい。齎された他人の体温に敏感に反応したのは、次に何が来るかを悟っているからだ。警戒しているというより、今か今かと待ちわびている印象も拭えない。そう感じるのは、単なる欲目であるのかもしれないが。
 どうやら身体は、当人の思考よりもはるかに学習能力に優れているようだった。それに満足し、目を細めた。
「どうしてほしい?」
 そこへ意図的に体温を当てたまま薄く口を開いて問えば、あ?、と訝しむような視線が戻った。
「ここを」
 ぴたりと中指の腹をくっつける。
 力は込めていなかったが、そこは自身の五指の中で親指の次に表面積のある箇所だ。嫌でも存在感はあるだろう。
 温かな表面に、それよりも幾分高い温度が一点宛がわれる。今はただ触れているだけだが、関節を意識しただけでもそこにかすかな変動を生むような代物だ。
「どうって、別に」
 難問にでも突き当たったように感じて考え込もうと腕を組む動作を、長い片腕で抱え込むことで遮った。
 胸と相手の前面が密接し、薄い靴底が膝の上から離れた。当然、均衡は覚束ないものとなる。
 こうして抱きかかえている時、わずかに占有欲が満たされる。過度の運動の最中も感じることのない、自分勝手な至福であることは疑う余地がなかった。
 じろじろと眺め回すように見下ろしていると、無抵抗なままの姿態から声が発された。
「そっちこそ、どうしたいんだよ?」
 反対に問われ、つい本音が出た。
 なぜかはわからないが、あちらには有無を言わせぬ気迫のようなものがある。こちらが物怖じしているだけかもしれなかったが、大きな尖った目で凝視されると、ついそれを意識して我を忘れかけるのだ。
 長い間独りでいた所為かはわからないが、見透かすような目線に無意識のうちに主導権を明け渡してしまう傾向があった。根拠は今以て不明瞭だが、恐らく神経のどこかで向こうが自身より長じていると認識しているためだろう。
 自分が地上にいた頃成し得なかった、世界を滅ぼすという所業を容易にやって退けた存在だという事実を。
「俺は、ただ…」
 言いかけて、はたと気づくべきだった。だが、声音は留まることがなかった。
「突っ込みたいだけだ」
 向きになったように返答をしてしまったことに、言った後から後悔がどっと押し寄せた。
 言わせるはずが、先に答を与えていては世話はない。
「なら、突っ込みゃいーじゃん」
 事も無げに言う。
 四の五の言う前にストレートに入れろと宣言する。あっけらかんとして、とてもじゃないが照れも恥じらいも感じられない。そんなものを要求することさえ困難だと言わんばかりに、素の双眸が見上げてきた。
 瞬間不快なものでも見るような目付きになったことになどお構いなく、徐に抱えていた腕を取り、股間へその指を持って行こうとした挙動を制した。
「ちょっ、待てよ!」
 慌てて留めると、更に困惑したような、目元を顰めた面が見返してきた。
 それに苛立たしさを感じて、あからさまな舌打ちで自身が腹を立てていることを示した。
 唸るような声を吐き出し、がしゃがしゃと後ろ髪を掻き回す。短い髪は手が離れると、何の抵抗もなく元の形に戻った。
「んなんじゃ、意味ねえんだよ…!」
 自分の発言を聞き、わけがわからんと言いたげな面相をしていることにも不愉快な思いが募る。まったく噛み合っていない。意思の上でも、無論言葉の上でも。そうしてまるで呆れたように、相手は膝の上から降りようとした。
 が、途中で置いてけ堀を食わされるところだった股間の友人を思い出したのか、その青い瞳が下方を向いた。
 まだ何にも汚れていない白い掌で拾い上げ、ぺろりと色を異にしたその先端を舐める。
 刹那、背筋がかすかに粟立った。
「こいつの方が、よっぽど素直だぜ」
 赤い舌先を出して挑発的な言葉を口にする。
「っそうかもな…!」
 まるで好き嫌いの別を下されたように感じ、脳天がかっと熱を帯びた。
 正直な対応をしない自分が、さも取るに足らないものだと判断されたように感じた。駆け引きとか楽しみとか、そういった交流の一切が詰まらないものだと断じられたようで、そこに怒りすら滲んでくるようだった。
 自棄を起こしたように目の前の円錐形のトゲを鷲掴んだ時には、理性がすでに切れかけていたのかもしれない。
 あっと思う暇すらなく、小さな口腔に塊を捻じ込んだ。驚きながらも抗議するように膝を叩く手首を掴んで押さえ込み、顔面に腰を押し付けた。
 眉間を狭め瞑目した表情の奥から瞑れた声音が届く様を、残忍な心地で聞き続けた。

Copyright(C) HARIKONOTORA (PAPER TIGER) midoh All Rights Reserved.