+ ハパチ。 +

04 /楽園・続

 二つの白い掌を揉み合わせるように、角度を変えて幾度も幾度もあるはずのない空間を握り締める。
 両手の長さが釣り合う、胸というか、胴体の中央。そこに何が生まれるのかわかっているのか。それとも適当に過ごしているだけなのか。飽くことなく正視を続け、時に眉を寄せ、時に欠伸を零しながらそれを続ける影があった。
 わずかに離れた位置から、興味のない素振りで動向を傍観しつつ、くだらないとばかりに短髪の大男は大仰なため息を吐いた。
「お?」
 無言のまま続けていたわけではないが、稀にこうしてオレンジ色の姿態から喚声が聞こえてくる。
 自分にしかわからないツッコミを入れながら、ぶつぶつと行為に耽っていることもあれば、一心不乱で揉み手を繰り返すこともある。
 実際、集中力がその成功率に及ぼす影響など皆無なのだろう。それをしなければならないという使命のようなものはなく、気紛れで続けているような節がある。今まで成功したことがないから向きになっているのではなく、単なる手持ち無沙汰を紛らせるためだというのが真実だろう。
 いくら時間を費やそうと飽きることがないのは、要するにそこに自分たち以外生きているものが他にいないからだ。
「あちゃ〜、やっぱこうなるか」
 予想通り、こいつができたか、と独りごちる。
 何ができたかと尋ねるつもりは毛頭ないが、それでも目線の軌道を修正することが叶わなかった。
「…はんぺんができた」
 それは相手の手袋のように白い、わずかにクリーム色がかった細長い板のような食べ物だった。
 最初は漂白されたように真っ白な卵だったらしいが、最近は練り物が多い。尤も、自分にとってそれは好んで食した記憶がないだけに、どんな味だったかは覚えていない。ただ、見てくれからもあまり美味そうには見えなかった。
「また失敗かー」
 大して落胆などしていない調子で呟きを発し、握った失敗作にむしゃりと齧り付く。
 そのはんぺんなどというふにゃふにゃした生ものよりよっぽど白い歯が、口中からわずかに覗いた。
「何か、おまえに飲まされる白いどろどろの所為かわかんねえけど」
 突然話を振られ、長身の男は内心でぎょっとした。
「どうも、イメージが固まらねえ」
 どうしてもそれを連想してしまって、似たようなものにしかならないと独り言を漏らす。
 泣き言のようには聞こえないが、それゆえに失敗の原因を責めているような印象がある。決してそうでないことはわかりきっているが、聞くなり、男は鋭く舌打ちした。
「てめえが好きで飲み込んでんだろ…!?」
 吐き捨てるように毒づくと、平然とそれを肯定された。
「時々味が違うから、今日はどんなかなーって気になっちまうんだから仕方ねえだろ?」
 非難も中傷も素で受け止めてしまうのは、純粋なのではなく何も考えていない証拠だろう。
 どんなに悪意を込めても、暖簾に腕押し。効果がないのだとしたら、あからさまな皮肉も無意味だ。わかっていながら止められないのは、然るに自身の立場が相手より劣っているということなのだろう。
 ち、ともう一度負け惜しみを吐き出しつつ、前方へ投げ出した脚の片方の膝を立てるように折った。
「いい加減、諦めたらどうだ?」
 思わず、ずっと腹の中に溜めていた本心を吐露する。
「おまえの子分なんて、作れやしねえんだよ」
 これだけ何回も失敗しているのだから、無駄だということをそろそろ悟っても良い頃合だろう。
 普段はともに、この灰となった地上まで出て来ることはないが、自分が知る限りかれこれ二三十回は白い食べ物をその手で作り出している。
 うち数回は何だかよくわからない模様が入った卵になったり、牛蒡になったりもしたが、すでに皮が剥かれた筍ができた時点から、方向性が違って来ているんじゃないかと思っていた。不可能だということを知れば、飽きてやめる玉でないことは承知しているが、その間苛苛と過ごしている自らを顧みれば潮時を示唆したくなったとしても無理はなかった。
 相手が壊したという世界を、なぜ復活させようなどと考えるのか。
 責任か。それとも、思いつきと言うべき酔狂なのか。
 まさか自分に対するあてつけではないだろうな、と、短毛の男は険しい目つきで問い質した。
「だってよ」
 素っ頓狂な声音が、吊り上った双眸の持ち主から発される。
「詰まんねえじゃん」
 今という現実を否定するには、それは正確過ぎるほどの形容だった。

Copyright(C) HARIKONOTORA (PAPER TIGER) midoh All Rights Reserved.