やはり定石として、チューから始めるのが適当だろうか。
少しずつ興奮してゆく頭の隅で、幼い破天荒はそんなことを考えた。
別にいきなり相手を押し倒して、文字通り掘り進めても良いかもしれない。自分勝手な行動に出れば、その分だけ抵抗があることまでは思いつかなかった。
けれど、情緒というものは必要だろう。向こうがそんなものに囚われるとは思わないが、きっちり最初から始めようと考えた。
「お?」
掴んでいた腕を引き寄せようと力を加えたが、相手はびくりともしなかった。代わりに、引っ張られるように自分の足が爪先立つ。
近づいてくる顔を丸くなった目が見つめていたが、その背後で突然空模様が一変した。
数分も経たないうちに辺りが暗くなり、雪を巻き込んで打ち付ける風が激しさを増した。
「おおおっ!!!」
感極まったように声を漏らす。
こっちが何をしようとしているのかなどお構いなしだ。
破天荒は思った。
天気が崩れたとあっては、当然外気に晒されている体温は急激に冷える。ここは定説に従って、肩を寄せ合って暖め合うしかないと。
使命のような欲望のようなものを感じ、徐に体重をかけて掴んでいた身体を地面に倒した。が、実際はバランスを崩しただけであったのかもしれない。
ぼすん、と上へ乗り上げた破天荒を受け止めるように、相手は地面に尻餅をついた。針金のような手足はやはりあまり乗り心地が良くなかったが、温かい皮膚に触れられたことに満足する。
コートの中の掌を伸ばし、確かめるように表面を撫でた。
「くすぐってえ」
そこで初めてその人は笑った。
両目を細くして、さも愉快そうに顔をくしゃくしゃにする。
また、心臓が跳ねた。
もう何かを考えている余裕はなかった。
両手でぐっと足の間を開き、下半身を割り込ませる。両足を閉じられない恰好になり、何事かと強い視線が見上げてきた。
構わず圧し掛かり、まだ両腕には余る身体を抱きしめた。抱いた感触は思った以上に良い。毎夜就寝している布団でだって、こんなに充足した気分は味わえないだろう。
「好きです」
湧き上がる感情をそのまま告白すると、ふーんと丸い物体は気のない返事をした。
座り続けるのも面倒だと感じたのか、急に上体を倒した。
当然のことながら、意図せずして押し倒したのと同じ状況になる。けれど、向こうは危機感ゼロだった。運が良いのか悪いのか、小さな頭では量りかねたが、とりあえず破天荒は気を良くして、べたべたと密着した肌膚に触り始めた。
立派なトゲに腕を伸ばし、直接触れる。掴むと痛いほど硬質かと思ったが、想像していたより温かくて、先は逆に冷たかった。冷え性なのだろうかとどうでも良いことを考えつつ、徐々に身体の中央を意識し始める。
掘る、と一文字(二文字)で言っても、どこを、という知識はある。
どこから得た情報かと問われて、青年向けの雑誌だと端的に答えそうな幼児は、一応自分の肉体が完全でないことは充分に承知していた。
ただ、毛の王国では青年と一言で表しても、皆が皆毛根だ。根元についている顔が老ける以外、他に違いがあるといえばほにゃららだが、人型として生を受けた破天荒には直接的な関係はなかった。
ではヒューマンタイプがどうやって性交を行うのかについては、やはり外国から齎された本から情報を得ていた。
今の時点では、とにかく最終的な行為は無理。
だからと言って、このまま何もせずに帰すのは惜し過ぎた。
などと、実は性への芽生えが人一倍早い幼児であるとは、周囲の人たちは知っていても口には出さなかった。怖過ぎるから。無口であり愛想もない子どもが、すでに自覚のないムッツリであることは、恐れを伴った密かな噂となって囁かれていた。例えそれが直接本人の耳に入ったとしても、何の問題にもならないのは確かだが。
せめて、指を入れたい。
お願いできれば舌を、と考えながら、滑らかな肌の上をまさぐる。技術云々は実践経験がないので巧妙か稚拙かの相違はわからないが、やれるところまでやろうと殊勝にも思った。
好きな人を前にして、何もしないのは男じゃない。
据え膳、を色んな意味で誤解した少年は、そう決意した。
触られ過ぎていることにようやく違和感を抱いたのか、ふと青い視線がこちらの顔を窺ってきた。
何してんだ?、と間の抜けた声で問い質す。
「キスしませんか、ぱっちんさん」
怪しくなりかけた場の雰囲気を和ませようと、先ほど狙っていたことを打ち明けた。
それを聞いた途端、鱚という難しい漢字の魚の名を挙げ、首領パッチ(本名)は身体を傾げた。首がないので、そうしたところで眼が斜めっただけかもしれない。
「こうするんです」
そう言って、ぴたりと両頬に手を添えた。
驚いた表情が作られると同時に、小さな口と口が触れ合った。
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