ちょっと待てよと、腕に抱かれた側は乱暴に声を荒げた。
「どー見ても、俺は食い物なんかじゃねえだろッ!!」
じたばたと暴れているが、倍以上手足の長さが違う人間の前ではあまり効果はない。
はあ、と抱えた側は間の抜けた返事をした。
「別にトゲを毟っておやびんを調理しようとか、そういうんじゃないです」
言いながら、ずかずかと大股でバスルームへ向かう。
実際破天荒の足は異様に長かったので、わずか数歩で目的地へ達した。例え何十畳と広い室内であろうと、この男の歩幅ならば十数歩で端から端まで至ってしまいそうな観がある。
へ?と顔を顰めたままの首領パッチを真下に下ろすと、徐に服を脱ぎだした。ばさりばさりと、成人男性用の衣服が地面に落ちて行く。
このままでは相手のペースに流されてお終いだと思ったのか、んもう、と腹を立てながら落ちた洋服を、新妻の如く丁寧に畳み始めた。
さっさとここから逃げ出すとか力ずくで黙らせるとか、他にやることは山とあったはずなのに、体に流れる首領パッチおばさんの血が無性に騒いだようだ。
主婦に姿を変えているこの時だけ、身体が綺麗な元の状態に戻り、畳む仕草も堂に入っている。通常ならば洗濯物の片し方など、習得する以前のレベルであるにも関わらず。
すべてはノリなのよ、で完結してしまえるほど、破天荒の足元では独特の世界が展開されていた。
しかし畳み終わったのも束の間、ひょいと身体を持ち上げられて風呂場へ担ぎ込まれた時には、数分前の汚れた恰好に戻っていた。要するに、素の姿に。
途端、裸の肩に掴まって、ぎゃーと叫び声を上げる。我に返り、全身を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら助けを乞うた。
「助けて〜、お巡りさん〜〜っ!!!」
連れて行かれる。何かされると手を叩いて喚いても、当然のことながらホテルの一室に助っ人など現れるはずがなかった。
「おやびん。あんまり騒いでると、いつまで経っても大人になれませんよ」
ぴしゃりと指摘を受けて、う、と口を噤む。
両手で口元を押さえたが、実年齢的には大人というか、破天荒以上に年寄りという次元すら簡単に飛躍していそうだったが、首領パッチは素直にそれに従った。こくこくと、何回も頷く。
大人になったら素敵なことを沢山味わえるという、無知な子ども特有の願望が頭の中で渦巻いているらしい。両目を見開いたまま頷いてくる必死の形相に、見守っていた側は目元を少しだけ緩めた。
しかし長時間口を塞いでいるのも息苦しいと感じたのか、ぷは、と首領パッチは呼吸のためにそこを解放した。
でもよ、と正面から見つめながら声を発す。幾分思考が冷静さを取り戻してきたようだ。
「エッチなことじゃねえんだな?」
何かをやろうとしている目的が、大人の危険な香りムンムンな行為ではないのだなと確認する。
気のせいではなく、発言した者の顔がわずかに上気している。短時間とはいえ、成り行きで呼吸を止めていた所為だけではないのだろう。
不安を掻き消すように、ははっと破天荒は笑った。さわやかさを演出しているのが、それゆえに嘘臭いという事実は、他の人間にしかわからなかった。
「いやですね、おやびん」
照れたように、普段は殺伐としている眦を染める。
違ったのかと首領パッチが胸を撫で下ろしかけた瞬間、狙ったようにつらりと返した。
「ねえんだな?、じゃなくて。『エッチなことです』」
「!!!!!!!!」
きっぱりと自身の下心を白状した男の相貌は、なぜか自信満々に輝いていた。どじゃーんという場に相応しい銅鑼の音が鳴ってもおかしくないくらい明確な口調で真意を告げる。
こいつやっぱり犯罪者だ。
狼に狙われた女子高生宜しく、首領パッチはがたがたと身を奮わせた。
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