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							 家庭内では途端に立場が弱くなるサラリーマンのように怯える首領パッチを見つめ、おかしいなあ、と相手はぐんにゃりと眉を曲げた。 
							 いつもは突っ張った顔つきなので、力なく眉根を垂れると妙に間抜けな顔になる。 
							「おやびんは、エッチが好きじゃなかったんですか」 
							 心底困り果てたような表情で凝視され、浴場の壁に追い詰められた首領パッチは逆切れしたように怒鳴り声を上げた。 
							「好きなわけねえだろッ!!!!!!」 
							 怒りが加速すると、眼球から瞳が失われる。三角の形に怒らせた眼光で威嚇しても、見返す側は些かも怯まなかった。 
							 怯むどころか、話の内容がいよいよもって怪しくなる。 
							「でも、気持ち良いって言ってたじゃないですか」 
							 アレの後、必ずと言って良いほど最高だとの賛辞を受けていたと。 
							 聞くだけ聞いていれば惚気のように捉えられなくもないが、破天荒は本気だった。少なくとも、あれは嘘だったのかと問い詰めるような視線が橙色の身体を貫いていることには変わらない。 
							 ぐ、と歯を噛み締めて、訴えられた側は渋々胸中を告白した。 
							「…良くないわけじゃねえ…」 
							 ぼそりと告げられた一言に、薄い髪色の男がわずかに注視する。 
							「じゃあ、好きなんですか…?」 
							 優しく問いかけられて、首領パッチは言葉にならない唸り声を喉から漏らした。 
							 ぎゅっと両脇で握っている拳が、込み上げる感情を表わしたようにぷるぷると震えている。靴を履いたままの足をぱたぱたと揺すっていないのが不思議なくらい、全身に力が篭もっているようだった。 
							「……………嫌い、じゃねえ………かな」 
							 語尾は萎んで、ほとんど音として知覚することはできなかった。 
							 しかし、負けを認めながらも、これだけは言わせろと口を大きく抉じ開けた。 
							「っ最後の方は良いけど、最初が嫌なんだよ!!」 
							 べたべた触られたり、ぐちゃぐちゃ捏ねられるのは我慢がならないと主張する。 
							「突っ込まれるのは良いんですね」 
							「それはすっ………」 
							 誘導されるように本心を吐露しかけ、ばっと口を塞ぐ。 
							 危ねえ…!!!、と首領パッチは頭の中で呟いた。 
							 危うく本当のことを言うところだったと、ぎりぎりのラインで阻止した自身の妙技を褒め称える。 
							 現実には好きだと言ったも同然であることを、哀しい哉首領パッチの脳細胞は理解することができなかった。 
							「そうですか……」 
							 なのに否定されたと勘違いをしたのか、意外なほどがっくりと破天荒は項垂れた。 
							「俺なんかじゃ、レベルが低過ぎるんですね…」 
							 おやびんを満足させてあげられないんだと、寂しげに息を吐く。 
							 思いつめた様子に、やおら親分心を刺激されたようだ。 
							 曲がりなりにも、首領パッチはハジケ組を率いる大親分だ。時に子分から餌を貰ったりもするが、大広間で高い座布団の上に胡坐を掻いてふんぞり返っていてもおかしくはない身分だった。 
							 当然、下の人間に対して慈悲の心がないわけではない。 
							「ん〜、まあ、なんつうか……」 
							 ぽんと、慰めるように相手の肩を叩く。 
							 目の前で裸の大男に座り込まれ、逃げ道が完全に断たれた状況であることも忘れ、何とか取り繕おうと、高等とは言い難い脳味噌をフル稼働して言葉を選ぶ。 
							「最低っつーか、最高っつーか。とにかく、おまえしか俺の股ん中に突っ込まねえんだからどっちだって良いだろ」 
							 比べる奴らなんかいやしないんだし、と付け加える。 
							「てかおまえのでかさとか太さとか形とか、俺的にはフィットしてんだから丁度良いっつーか…」 
							 出す量は半端じゃねえけどな、と白い歯を見せる。 
							「俺の棒、大好きなんですか」 
							 少しだけ元気を取り戻しかけた子分の口調に、もう一押しとばかりに、びっとビッグな親指を突き出した。 
							「好きに決まってんだろッッッ!!!!!!」 
							 
							 ……………。 
							 
							 墓穴とは、掘った後にしかその事実に気づけないものであるらしい。 
							 
									 
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