邪魔すんなと抗議しようとして、拳を振り上げた恰好のまま呆気なく後ろを振り向かされる。
また壁とお友達になれと言うつもりなのだろうか。
冷てえから勘弁してくれよと、首領パッチは言葉には出さず内心で不貞腐れた。
「もう少し、俺に付き合ってください」
言うなり、股間にさっきの熱を押し当てられた。
首領パッチの腿と腿の付け根には、かなりの間隔がある。そのため、内股に角度を変えて防いでも、その隙間を完全に埋めることは不可能だった。
下腹部に異物を挟んだまま、前後に擦られる。いつものように突き入れられるような勢いで腰をぶつけられ、成す術なく揺すられた。先端から漏れていた汗のようなもので滑り、あっという間に下腹全体にそれが及んだ。
今までに感じたことのなかった体感に、驚くよりも無様な声が出た。
「んなっ……、んだよ、これ…っ!」
何もない球体の側面にぬるぬるした肉の塊を押し付けられて、腹の辺りに固まっていた固形がみるみる溶けてゆく。
すでにチョコだと判別するのは困難なほど、完全に別の何かと溶け合っていた。それが自身が吐き出した汗なのか、硬い塊の先から滲み出た物の所為なのかはわからない。けれどそれを知覚するよりも、摩擦で熱くなってゆく内側の昂ぶりの方が、首領パッチにとっては一大事と思しき出来事だった。
そんなにでかくて、はっきりとした形を直接肌で感じると、普段はあまり使われていない危険信号が、ちかちかと目の奥で点滅するような錯覚に襲われる。黄色なのか赤なのか。そもそも三色信号なのかの見分けはつかないが、とにかく青でないことは確かだった。目に優しい緑色でもない。
マジでやべえって…!
声にするよりも先に、両脇を固定するように掴んだ相手の腕に指を立てた。
「…もう、我慢できませんか?」
先ほどからこちらの異変に気づいていただろうに、今更のように問うてくる声音が確信犯のそれであるように聞こえる。
漏れそうになる声を噛み殺し、首領パッチは懸命に目を瞑った。
自らの変事を否定するように、眉間を狭め、いやいやを繰り返す。
登頂のトゲを軸にして左右に振れる身体に、容赦なく男根が当てられた。必要以上に皮膚を刺激され、思考する能力がどんどん失われてゆく。無我夢中で身体を捩っても、そこから逃げられるはずがなかった。
「大丈夫ですよね?」
思考が膨張したように急速に膨らんでゆく。乱れる呼吸の合間に尋ねられた事柄が何を意味しているのか、それすら判然としないほど、湧き上がってくる濁流に飲み込まれそうだと思った。
「おやびんも、充分感じてるみたいだし」
今更確かめなくても良いですよね?、と問う。
どこを、と問い返す暇もなく、回された腕に力が篭もった。
囁かれ、内容を認識できなくてもイエスかノーかを返さなければならないと思った。しかし出てきたのは、早くしろとの切羽詰ったような命令だった。
目的語も何もなかったというのに、たった一言で向こうは了承したようだ。
抱きしめていた戒めを解き、身体を再び蛇口の上へ立たせる。足がふらついたが、壁面にへばりつくことで何とかバランスを保った。顔を横に背け、平面にくっつきやすいよう工夫する。
尻を持ち上げるように両足の根元を広げられたと思った瞬間、それは前置きもなく入ってきた。凹凸のない滑らかな表皮の上に、何かが食い込む。
まるで掘削のためにその先端が形作られているのではないかと思うくらい、呆気ないほど容易に亀頭が滑らかな壁を穿った。
突き当てられ、鈍い音とともに距離を進んでくる感覚はいつまで経っても微妙で、もしかしたら嫌な部類に入ることかもしれない。
けれど一度頭を咥え込んでしまえば、あとはすんなり受け入れられる。身体が竦むような衝撃を受けた後であれば、抵抗もなく進んでくる間はむしろ快感と呼べるような代物だった。これから何が起こるかをわかっているからこその余裕の現れであったのかもしれない。
打ち付けられ、深度が増す度に溢れ出た体液で股の内側がひどく汚れた。掻き出され、どくどくと溢れてくるのが、自身の放った熱であることすら正確に捉えることはできない。自分でさえ知らなかった場所からこんなに沢山出てくるものがあるなど、予想さえしていなかった。
「おやびんは、すっかり…」
忙しい呼気に紛れて、獰猛に動き続ける頭上の雄から満足しきった声音が漏れた。
「…俺の形に、慣れちゃいましたね…」
そうせざるを得なくさせたのはどこのどいつだと。
情けない鳴き声を断続的に吐き続けながら、それでも覆すような台詞を吐き出すことができなかった。
ただでさえ余裕のない距離を強引に引き寄せられて、筋が盛り上がった腹部と密着させられるのだ。全体をぐらぐらと休む間もなく揺らされていては、冷静な考えなど思い巡らせられるはずがない。
結合が深まり、溢れ返った互いの液が浴槽の中へ注がれる。繋がった部分から漏れる水音にかき消されて知ることはできないが、下肢を伝う筋からも間断なく蜜が滴り続けている。
自身でも何でこんな涎みたいに、無作為に水分が出て行くのかがわからない。もしかしてこのまま止めずにいたら、干上がってしまうのではないかと思った。全身の水を搾り取られて、体形が萎んでもおかしくないのではと思う。
なのに、それが内壁を満たす度に活塞が速まり、得る感覚が鋭く強烈になってゆく。もしかしてそのための物質なのかなと、覚束ない頭で考えた。心地良いから出てくるのだという思考とは、どうしても結びつかなかった。
エッチは、基本的には苦手かもしれない。尻をがつがつと食い破られるようで怖いし、高温の熱が激しい律動に合わせて腹の中で成長してゆくのが凄過ぎておっかない。いつか破裂するのではないかと頭の隅で気持ちが萎縮しているはずなのに、咥え込んでいるそこは逆に踊り狂っているような感覚があった。
もしかして破天荒の持ってる棒とおんなじで、コイツも俺だけど俺じゃない部分なのか?
そう感じた瞬間、過度の刺激が神経を伝わった。
やめろと声に出したつもりで、断続的に悲鳴が漏れる。それを合図と思ったのか、しつこく同じ箇所を抉られた。
正直、振り返って相手を張り倒してやりたいと思った。そこは本当は良いけど止めてほしいところで、あんまり集中的にやられるとやべえだろ、と。
青筋を立てながら、怒りに任せて拳をお見舞いしてやろうかと思った。
しかし、想像とは無縁のものが突然その身体を支配した。
「おやび…っ!??」
ひ、と全身が引き攣り、意識が遠のいた。
破天荒が慌てて腰を引いた時には、すでに体躯ごとがっくりと前へ倒れ込んでいた。
床へ叩きつけられる直前に弛緩した上体を引き寄せ、抱き止めた側が徐に顔を覗き込む。
名前を呼んでも、当然ながらそこから反応が返ることはなかった。
やべえ、と快楽を貪っていた者は思った。
前戯に時間をかけ過ぎた。
首領パッチは改めて確かめなくとも、外見だけでなく中身も人間と異なる。地上の論理とか摂理とか、そんなものを一切抜きにして、ただ首領パッチとしての真理でのみ生きているような存在だった。当たり前のように、例として取り上げられる同類はいない。だとしたら、破天荒が知るおやびんとしての首領パッチがすべてだった。そして、自分はそれをよく知っているはずだった。
ただでさえ彼は我慢とは縁のない馬鹿正直な構造をしているのだから、準備をあっさりと済ませてすぐに挿入すべきだったのだ。
過去にそれほど執拗に攻め立てた覚えがなかったので、失敗をしでかした経験がなかったことが災いしたようだ。
目的を多く持ち過ぎて、ストレートにセックスという行為だけに専念できなかったのがまずかったようだ。
けれど、あんなに汚れても尚楽しそうな首領パッチを見ていたら、嫌がるのを承知でしつこく絡んでみたくなったとしても仕方ない。絶頂を味わった後も一緒に泡まみれになって、存分にその丸い身体を洗わせて貰うはずだったのに。しつこくない肌膚の上を気が済むまで指で撫で回し、隅々まで堪能し尽す。大いに下心を持って、靴の先まで綺麗に洗い上げるつもりだった。
それをせずに、まさかこんなところで幕を引いてしまうとは。
今更自身の考えが浅はかだったと、後悔をしたところで後の祭り。
散々に食い散らかされた側はぴくりとも動かず意識を手放していた。
心地良さそうに、別世界へ旅立ったかのように安らかな表情を湛えたまま、破天荒の両腕の中に収まっている。
ぐうぐうと、完全に熟睡したような寝息がその耳に聞こえてきた。
口端から涎を垂らしそうなほど至福の姿が、時とともに赤みが薄れてゆく双眸に、やけに空しく映った。
「そりゃねーよ……」
おやびん、と。
破天荒はこの時、生まれて初めて心底からの落胆を口にした。
|