+ ハパチ。 +

03/ままごとじゃない。

 触れた局部の心地良さに、満足げな笑みが無意識に浮かんだ。
 まだそこは滑らかな球面で、挿入口となる本来の形を現してはいない。それでも、自分だけがここの使い方を知っていると自覚しているからこそ、淫蕩な思いに囚われてしまうのだ。
 貪欲な衝動が剥き出しになる瞬間というのは、第三者的な視点から見れば気持ちの良いものではない。獰猛な爬虫類か、肉食獣が化けた姿のように、自身が変貌しているのではないかと感じるからだ。
 凝り固まった欲望を象徴する体内の熱を、折り曲げた白い下肢に宛がった。
 小さな幅しかない細い棒に押し付けるよう、ゆっくりと腰を動かす。その間も、触れ合わせた温もりを指先から徐々に掌全体へと広げて行った。
 太腿を擦る摩擦音に、淫猥な水音が滲む。
 寝ている側が気づかないのであればこのまま外へ出しても構わないと、半ば強引に判断した。
 何しろ、相手の寝つきの良さは天下一品だ。
 同じ雄を持っていないのだから、外部のみの接触で眠りこけている者を起こすことはできない。指でも何でも内部に侵入させるしか、覚醒の方法はない。
 断りもなく、自身をここへ入れて良いものか。
 食指であればそれほど罪悪感は感じない。愛撫だと言い切ってしまえば、言い逃れは簡単だからだ。
 襲うつもりで圧し掛かっておいて今更馬鹿げた懸念だったが、暴走しかける本能の一歩手前で、自らの立場を振り返らせるものがある。
 無論、思うまま肉欲を覚える対象を陵辱したいとの衝動はある。
 生来、穏やかな人柄とは無縁だ。
 むしろ抜き身の刃のように尖って、扱いづらい存在だ。
 言動すべてが本心からの発言ないし行動であるため、他人からは気に入らないと断ざれることが多い。実際、あの某真拳の使い手の餓鬼の反応は正直な例だろう。同性に好意を持たれることはまずない。
 異性は、外見だけで手前勝手な夢を持つ。勘違いをして思いを寄せてくる人間は、事実かなりの数だった。鬱陶しいだけの頭数だったが、無視していれば、大抵あちらから踏み込んでくる勇気もない。
 だが一度気まぐれを起こした時は、自分でもどうしてここまで残忍になれるかと思うような事態に発展したことは少なくなかった。要するに最悪な状況を呼び起こす原因に自らがなったのだが、それも向こうの自業自得と言わざるを得ない。
 それでも、同じ思いを抱き続けられるか。
 もしイエスと答える者がいるなら、それは真性のマゾヒストだ。
 極端な情感を持つ自身も、相対するような性癖の持ち主ということになる。それは構わない。際物だと罵られようが、蔑まれようが、それ自体に特段の意味はなかった。
 しかし、そんな際どい側面を、果たして首領パッチにぶつけても良いものか。
 良いわけがない。
 それを許すのは、自分ではない。
 是非を下すのはすべて、この目の前の人だ。
 惚れているとか愛しているだとか。安っぽい形容で片付けられるほど、稚拙でもなければ俗物的な思いでもない。好きだと実感するにしても、この人でなくては駄目なのだと思う時点で、それはどんな名も持たなかった。
 絶対だというこの二文字以外、当てはまる言葉がない。
 好きです。
 何度同じ思いを囁き続けても、万分の一も伝えきれない。
 だからこそ、永久に同じ行為を繰り返す。
 尖頂を避け、温かな側面へ唇を落とす。
 吐息とともに溢れ出す熱を吹きかけ、かすかな身じろぎとともに徐々に侵食してゆく。明らかな器官をそこへ生じさせるような真似はせず、腰に蟠った物と連動させるように、小刻みな動作だけを繰り返し続けた。
 ん、と腕の下の身体が小さく呻いた。
 喘ぎのような一瞬の声音に、滑稽なほどぎくりと全身を強張らせる。
 気づかれることこそ本願だったはずだが、密かに熱を放出してしまいたいと考えていた側にとっては、計画の妨げの予兆のようなものだった。
 油揚げと、わけのわからない寝言をむにゃむにゃと呟きながら、まるで猫にでもなってしまったかのように更に体を丸くする。ぎゅ、と自身を抱きかかえるように縮こまる。触れていた足が、急に遠のいてしまったことに内心焦った。
 この恰好のままだと、突き出された尻に直接引っ掛けることになる。
 臀部と名指しするにはどこも丸い形過ぎるが、硬く張った肉棒と対面するようなかたちでそこが剥き出しになっている。
 動いた隙に放した手を横臥する人の脇に付きつつ、はー、と確信犯は音に出さないようその頭上で溜め息を吐いた。
 おやびん、やっちゃいますよ…?
 やっちゃって良いのかと心中で問う。
 が、いらえがないことなどわかりきっている。
 逡巡もないまま、相手の体内へ挿入する意思を固めた。後戻りができないのではなく、挿入に対する欲求の方がはるかに強かったからだ。
 だからと言って、準備を怠るつもりはない。
 口となる部分を生じさせ、尚且つ円滑に事を運ぶためにはそれなりの状況でなければならない。
 直接性器を突き入れても相手の肉体がそれと知覚し、受け入れられることは実証済みだったが、意識のない状態では可能であるかはわからない。
 これだと指を抜き差ししている間に気がつくかと思ったが、そもそも寝ている間に欲望を吐き出したかったわけではない。いつの間にか見失っていた本来の目的を、今頃になってようやく思い出した。
 首領パッチが及ぼされる異変を察知して交わる前に覚醒するにせよ、寝たままであるにせよ。どちらにしろ、やることは変わらない。だったら、余計な思案は最初から必要なかったのだ。
 抱きたいと思う欲望は、いずれを選んでも達することができるのなら。
 目覚めた途端に拒絶に遭うだろうことは容易に想像できたが、丸め込む自信はかなりある。
 横暴な性格であると理解している時点で、破天荒もある次元での強者だった。

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