天地が動転して、正直びっくりした。
驚いている暇もなく、圧し掛かってくる体重がある。
頭上を制圧されたかと思うや否や、片手はなぜだか股間を刺激している。
擦られてんのか撫でられてんのか。意図が不明瞭だからこそ、何の目的があっての所業かが不明だった。
近接した面からは、さっきまでと全然違った呼吸が吐き出される。
時折、眼の端とか額とか頬っぺたに口を押し付けながら、何事かを囁いている。
聞き取れないと思ったのは気のせいで、多分こっちの意識がそれどころじゃなかったんだろう。急な異変に身体が付いて行けず、摩擦されている足の間にばかり神経が集中した。
痛いとかこそばゆいとかじゃなくて、そこを標的にされたことは以前にもあったような気がしたからだ。
体格に見合わない長い指が表に押し付けられて動かされる度、面白いように両足が痙攣した。まるで陸に水揚げされた魚みたいに、びくんびくんと無様に跳ね上がる。
「何すんだよ…っ!」
力ずくで迫ってくる面積を避けるように、顎とか胸を両手で押し返しても効果がなかった。
いわゆる、格闘技で言うところのマウントポジションを取られた形だろうか。
それ以前に、腕を思うように伸ばせないのが辛い。極端に間合いを狭められた今の状況では、リーチ云々どころか、はっきり言って力が出なかった。
喚きながら四肢をしゃにむにばたつかせ、やめろと制止を叫んでも、さっぱり意に介さない。押し伏せた相手の動向なんか、まるっきり眼中にないみたいだった。
ぎゅうと締め付けるように、後ろに回った左腕が居場所を狭くする。乗っかった体積と重さと、そして背後のスプリングに挟まれて、自由に身動きが取れる状態じゃなかった。
辛うじてその隙間から這い出している下半身も、相手の右手に合わせるように勝手な動きを繰り返して役に立たない。
どうにかなりそうだった。
つか、マジで焦った。
「やめろよ…、暑ぃって言ってんだろ!!」
くっついているだけじゃなくて、動いているから尚暑い。
息苦しい上に暑苦しいんじゃ、最低としか言い様がない。
何でコイツがこんなに無我夢中になっているのかわからなかった。顔色を窺っても、目が血走っているわけじゃない。相変わらず同じ表面なのに、けど気迫が尋常じゃなかった。
そうこうしてる間にも、下腹をさすってくる指の腹がどんどん熱を帯びてくる。擦り切れちまうんじゃないかと思うくらい擦られる。
執拗にくっつけられるそれが長い時間同じ場所に留まっているのは、触るだけじゃなくて、何かを探しているんじゃないかと思い至った。
その瞬間、嫌な音がした。
いくらもがいてもしつこく触れてくる指が、妙な具合に折り曲がった。
スライムよりも、もっと粘着質な物質に手指を突っ込んだ時に出そうな音響。
耳に届いた音と、身体が捉えた感覚にはあまり繋がりがないように思えた。要するに、自分の知らない場所にいきなり得体の知れない物が入ってきたと思うのが精一杯で、どんな具合でとかどんな光景だったのかなんて知覚できなかった。
そんな謎過ぎるモンに、感想なんかあるわけがない。ていうか、そもそもそこはどこなんだよってツッコミたかった。でも、できねえ。考える隙も与えず、ぐちゃぐちゃと入口から何から、中身をすべて掻き回される。
決して、気持ちの悪いものじゃない。むしろ、知らない所を見つけられて、そこを刺激されるのは微妙に嬉しい感じと似ていた。
なのに、別の思考が、それはやべえだろって思ってた。
どうして危険なのか、別段根拠があるわけじゃなくて、ただ事態の性急さが嫌だったんだろう。こんな、尋常じゃない空気の中でいきなり押し入られて、勝手に何本も指を増やされて。
そん中がどうなっているかなんて、考えている余裕はなかった。掻き毟られるみたいに蠢いてた奴が、手管を変えたように滑るようにして出し入れされる。探るような仕草だったのが、実は入れるための空洞を拡張させるためだったなんて、その時は想像もしなかった。
背筋がぞくぞくするみたいな感じがひっきりなしに全身を襲ってきて、このままどうなっちまうのか見当も付かなかった。
鼻を啜ってたら鼻水が出てきたのか、すんすんと泣いてるみたいな声音が漏れる。そんなつもりじゃなかったのに、それを見て相手の何かがプッツンしたらしい。
足の間に突っ込まれてた指の束が引き抜かれたと思った途端、かちかちの物体を当てられた。
すげえ熱い塊みたいな奴を押し付けられたと思ったのも束の間、すぐにその先頭が開いた口みたいな所を分け入ってきた。
指で撫でられてた時と違って、侵入するのが目的だったみたいに、内側へずんずん進んでくる。高い位置に持ち上がった両足を押し退けるように、小刻みな振動で押し込まれた。
無理矢理、腹をくっつけられてんだと思った。
突っ込まれたのが身体のどの部分なのかはよくわからないが、間断を置かずにそいつはがつがつとそこを突いて来た。
されてる行為は意味不明だが、盛りの付いた雄犬が乗っかってるみてえとか思った。
押し伏せられて下から眺める光景は、まさに未知なる世界だったっつーか。
突きまくる動きと一緒に、食い込んだブツで腹の中が擦れる。それに合わせて、液みてえのがどこからか出てきてると思った。そういう音が、視界の利かないところからしているような気がした。
ひ、とか、へ、とか、おかしな単語の切れ端みたいな悲鳴が断続的に口元から漏れる。歯を食い縛ってるつもりなのに、出てくるものを抑えきれない。
顔の両端に突き出された向こうの両腕をジャケットの袖の上から掴んでみたり、頭上で揺れ続ける身体の脇とかにしがみついても、まるで自分の下半身じゃなくなったみたいにそこが大きく振れ続ける。
違和感はない。入ってきた瞬間も、びっくりしたけど嫌じゃなかった。ただ、脳味噌が飽和するみたいな感じでどこまでも窮屈な印象だった。
すっぽり内側へ収まってしまうと、抜き差しされる都度じんじんと奥が痺れるようだった。
それでも、逃げ出したいと思う心地に囚われる。
このまま流されるのは、やっぱり駄目だと思った。
理由なんかない。
そう直感したからこそ、何とか力を振り絞った。
「んなに、したらっ…」
言っている間も、揺れは少しも治まりゃしねえ。
舌噛んだらどうしてくれんだよ、とか、文句もあったがそれよりもどれよりも。
そんなにそこを掻きまくったらやべえことになると、切れ切れに訴える。
出てくるのが言葉だけじゃなくて、うるさいくらい胸から喉から、沸騰したみたいな呼吸音が漏れた。
全速力で走った後の、気管がひりひりするような切迫感と逼迫する鼓動。
身体ん中で、それがずっと続いているみたいだった。
強制的に自分が興していることだなんて、理解できるほど経験なんてない。あったかもしれないが、忘れている以上この場では完全に無意味だったっつーか。
「聞いてんのかよ…!?」
獰猛な動物に化けたみたいに、下から喰らい付いてくる相手からの返事はない。
股間に太い牙みたいな爪みたいな物を突き立ててる奴は、間近でその姿を見下ろしながら、一言も喋らなかった。
口を噤んだままで、こっちを見ているのに本当は見てないっていうか。
自分と同じくらい汗を掻いて、唇を結んでるから多少は大人しいものの、吐き出している息も似たような激しさだった。
忙しなく胸が上下しているのに、機械みたいに腰の動きを休める気配がない。
押し潰されて、食い破られて。
ぎしぎしとベッドが軋んでるのと、足の揺れと掻き回してくるその動きと。
全部が全部頭ん中に入ってきて、それを受け入れている直接の器官と連動して。
天井に貼られた鏡も、際どい部分だけを隠して、行われている行為をまざまざと見せ付ける。肩越しの狭いところからしか垣間見ることはできなかったが、股を開かされて潰されている自分が、さも滑稽な物体となって映し出された。
もう、何がなんだかわからなかった。最初からわかってなかったが、それがどうしてなんだろうとか首を捻るような気力もなくなるくらい、容赦なかった。
そのうち中にいた奴がぐぐっと大きくなって、爆発するんだと思った。
俺の腹の中に埋め込まれた地雷が破裂するみたいな。
そりゃ、これだけ擦ってんだから発火もするよな、とか情けない嗚咽みたいなのを吐き出しながら内心ツッコみたくもなる。それしか逃げ場がなかった。それでも充分余裕だろうと言われるかもしれないが、俺としちゃ全く本調子じゃなかった。率直に言えば、不本意だった。
反射的に身を縮めて懸命に両目を瞑ったら、そいつも両腕で俺を掴んできた。正確には抱きしめられたんだろうが、生憎それと知覚できる理性は残ってなかったっつーか。
一際強烈な鼓動が内部から伝わったと錯覚したら、くっついてる部分がびくびくと大きく脈打った。
遭遇したことのない生き物みたいに、一回り太くなったみたいな熱い棒のような体積が、一番奥に当たっていた箇所に水みてえなのを吐き出した。
シャワーのお湯がいきなり蛇口から噴出するみたいに叩きつけられたそれは、すぐに引っ込むかと思ったが、長いこと続いていたような気がする。
奥に、漏らされてるんだと思った。
何でこんなことされるのかわからないまま、俺も知らない所にもっとわけわからねえものを漏らされる羽目になるなんて思いもしなかった。
つか、誰も予想しないだろう。初対面でいきなり一つになりたいとか言って、断りもなしに股座に挿入するような奴なんかいるかっつーの。
実際、ここにいたけど。
股間に突っ込んだまま、そいつは大げさな呼吸を繰り返した。肩を揺らして、だらだらと汗を流す。水滴が雨みたいに降り注ぐのが何か妙だった。
さっさと抜けってんだよ、この野郎。
涙混じりに倒されてた身体を起こそうとしたけど、やっぱりあっちが起き上がっている限り、くっついたとこが邪魔して元の体勢には戻れなかった。
「ぱっちんさん…」
やっと興奮が落ち着いてきたのか、俺を相手に盛ってた奴はそっと唇を近づけてきた。
謝るのは良いから、退けろってんだよ。
汗だくでぐったりしたまま目だけで睨みつけると、そいつはにっこりと笑った。
今度こそ、三日月よりも細い弧をその上面に浮かべる。
「もっかいやっても良いですか?」
「良いわけねえだろッッッ!!!!!!!」
オレンジ色の超新星が、地球に激突するみたいに。
渾身の力を込めた頭突きが、そいつの脳天を直撃した。
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