今日のおやつ係は破天荒な。
廊下の雑巾掛けを手伝っていたコパッチが、顔を見るなりいきなりそう告げた。
いや、実際は他のコパッチで、手伝っていたのは、向こうの隅っこで布巾を洗っている最中だったのかもしれない。そこへ別のコパッチがやって来て、自分に命じたのだろう。
ハジケ組では格上であるこの生物は、どれもこれも瓜二つで、いまいち見分けがつかない。初対面で自己紹介をする時も、異口同音を口にした。
自分はコパッチ。俺はコパッチ。俺もコパッチ。
いっそのこと、せーの、で言った方が確実だったような気がする。
取り囲まれた挙句、輪唱のように繰り返され、破天荒はその時点からこれらの生き物を正しく解釈することを放棄した。『首領パッチとその他大勢』というのが、自身のハジケ組に対する認識だった。
「はい、これ。財布」
ぽんと下から、首領パッチのシルエットが施された風呂敷と似たような布地の巾着袋が手渡された。
組の全財産が入っていると言って渡された物は、以前も食料の買出しで託されたことがある。がま口の財布は派手ではないが、御守のようにして首領パッチのマスコットがついていた。
彼らは一様に不器用な集団だが、なぜかこの、親分である首領パッチの形を模倣したアイテムに関しては、驚くほどの才能を見せた。袋の中に収まっているそれも、十二個ある身体のトゲが均等に伸び、一つとして歪な部分はない。
つまりこれが彼らの持つ首領パッチへの尊敬と愛情の現われなのだろうと、正直感心した。頭脳的な側面にしろ肉体的な面にしろ、ほとんど中の下。悪くすれば、下の中くらいのレベルに留まっているのに、その違いは歴然たるものだった。
実際、それが堪らなく羨ましくて、できることなら首領パッチのマスコットを作ったコパッチに自分の分も頼みたかった。現に、その手のキャラクターグッズは、コパッチ全員が所持している。言わば、ハジケ組の証のような代物だった。
無論、組の一員である証拠がほしいわけではない。首領パッチを模したグッズを、彼に心酔する人間として純粋に欲しているだけだ。
当然そこには、不純な動機もあったが、子どもばかりが屯しているような環境で、そんな気持ちになること自体が稀だった。
しかし、まだ入りたての自分が、そんなことなど言えるはずもない。
「何を買ってくれば良いんですか」
巾着の中身を確かめ、生真面目な面を上げる。
「そんなの、自分で考えろよ」
言葉面だけを聞いていれば、何ともつっけんどんな物言いだ。
人懐こい容姿と相反するように、コパッチたちはあまり愛嬌を振りまく性格ではなかった。
見てくれからは予想できないかもしれないが、かなりニヒルな部分がある。だがこれも、他のコパッチと違うコパッチであって、コパッチ全体としては、相変わらず呑気で平和主義的な生き物なのかもしれない。あるいは、人見知りをする子ども同様、無愛想になることも玉にはあるのだろう。
その相違は、今だ付き合いの短い破天荒には推し量ることができなかった。
係として任命した以上、買うべき物は託された側が決めることだと断言する。別にこちらに許可を得なくても、予算の範囲内なら何でも良いと考えているのだろう。
無難なものを選べと命じているのではなく、好きな物を買って来いと言っているようだった。それゆえ、声には些かの棘もない。態度も、普段と変わらず親しみのある物腰だった。
だが係と言うからには、それは全員のおやつを差しているのだろう。一つ二つなら、わざわざ役割を決めたりはしない。
そこで不可解な気持ちに囚われたのは、致し方なかったかもしれない。日も浅いのだから、要領を得ない事柄など皿にある。
ハジケ組は、自分や首領パッチを含めて、総勢何人か。
ふとした疑問は、すぐに煩悶に取って代わった。
もしかしたら、一〇〇では利かないのではないか。
現実に数えたわけではなかったが、日々細胞分裂して増殖をしているのではないかと怪しむほど、雛を髣髴とさせるこの黄色い物体は数限りなく存在している。
好き勝手に増えていると思しき仲間を、コパッチ自身も厳しく管理しているわけではないようだ。そもそも個々の判別すら大雑把であるのだから、具体的な数というのは認識していなくても支障はないのかもしれない。
けれど、その一人一人に行き渡るよう、おやつを買って来いと命じられたとすれば、一体どれほどの量を購入すれば良いのか。
答の如何によっては、予算が大きく変動する。
買う量が多過ぎれば余るし、逆に少な過ぎれば不平等が生じる。少ない場合は半分こにすれば良いが、これが元で喧嘩にならないとも限らない。適当な対処法を講じるには、大まかでも大体の数字を知る必要があった。
それにも況して、破天荒の脳裏に、物凄く地味で、しかし常に気になっていた最大の謎が浮上した。
一体、どれだけの人数がここに滞在しているのだろうか。
もっと言えば、コパッチという生き物はどのくらいの規模でハジケ村に存在しているのか。
彼らを、無職と思しき首領パッチはどのようにして養っているのか。もしかして、助成金でも村から出ているのではないかと訝りたくもなる。現にこの財布に入っている金額も、多くはないが決して少なくもない。
そんなことなど知らなくても生活には全く問題はないが、顔を合わせる度、無数に沸いてくる黄色い物体に対する疑念は尽きなかった。
「そうそう」
思い出したように、どこかへ戻ろうとしていたコパッチの一人が振り返った。
呆然と立ち尽くしている影に向かってつぶらな瞳を傾け、その唇を開く。
「俺たちの正確な数は、おやびんが知ってるから」
おやつを買う時は首領パッチに人数を聞けと、言葉を添える。
つまり、首領パッチならば彼らの数を理解しているのだろう。
破天荒は片言で返事を返しつつ、やっぱりあの人は凄いと思った。
親分である以上、子分たちのことは誰よりも熟知しているのだ。当たり前のようで、確かめるには気の遠くなる作業をせずとも、たった一目で数字を言い当てられるのだろう。
まさか、この有象無象の集まりであるコパッチを、しっかりと把握できる人物がいるとは。
「早速、おやびんを探してきます」
ぐっと巾着袋を握り締め、破天荒は徐に駆け出した。
「あ、ちょっと待て。破天荒…!」
コパッチが止める間もなく、長身の男は磨いた廊下を一目散で駆けて行った。
あまりに綺麗に磨き過ぎて、途中で転んでしまうのではないかと懸念したが、転倒しているのは向こうから来るコパッチだけだった。恐るべき脚力。というか、思い込み。
まあ確かに、首領パッチは自分たちのことを誰よりもよくわかっているはずだが。
古参の組員たちより軽く二三倍は大きい人影が視界から見えなくなると同時に、あーあ、と残されたコパッチたちは嘆息した。
言いたかった台詞は一つ。
おやびんにだけは、絶対に見つかるなよ。
おやつ係が払うべき最大の注意を忠告できないまま、彼らは兄弟分が消え去った後を見送った。
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