+ ハパチ。 +

07/あんこの気持ち

 マジかよ。
 呻くように肚の中で呟き、破天荒はおのれの足の間で屹立する生身を直視していた。
 朝に生理現象が起こることは、成人前の男にとって珍しいことではない。
 しかし今回に限っては、原因が明らかだった。だからこそ、頭を抱えたくなる。
 なるべくしてなった結果と言えなくもないそれは、完全に昨日の出来事に起因していた。
 あの、小さな口に運ばれ、ぬめった舌で愛撫されたことが、余程衝撃的だったのだろう。
 いつも通りに寝付いたつもりで、実はそうではなかった事実は、肉体の方がはっきりと理解していたようだ。最悪、夢精とまでは行かなかったとしても、これからどう発展するかはわからない。
 抱いた欲望が、その場限りの欲求であれば良い。それこそ、自然現象であるだけなら、何も後ろめたいことはないからだ。
 だが明らかにこの毒々しい塊は、首領パッチに向けられたものだ。
 そう言い切れるのは、治まりの付かないところまで自身の雄が存在を主張しているから。
 いっそ、頭を抱えたくなった。
 罪悪感を抱き、尊敬する相手に心底から詫びる気持ちがあれば、悪夢だったと割り切ることもできただろう。けれど、これには確実な要因と呼ぶべきものがあった。
 味わった、あの瞬間を細胞は記憶している。
 思い出すだけでは飽き足らず、もう一度と願う。今度は別の場所を、と思った時点で、肉欲の程度が知れていた。
 矮小ではないという意味で、それは紛れもない現実だった。
 深い溜め息とともに、がっくりとこうべを垂れる。
 あまりに深く屈み過ぎたので、額に勃起した性器がぶつかりそうになった。
 さすがにそこまで間が抜けてはいなかったが、眼前に晒された男根は、放置しても自然と萎むような柔な出来ではないらしい。
 誰に似たのか知らないが、些細なことでは折れない我を主張するかのように、立派な筋を浮かべてそそり立っている。
 立って歩くことは辛うじてできそうだが、ほぼ完勃ちに近い状態だった。ここまで極端な構造であるのは、若いからだと断言してもおかしくはない。
 このままにしておけば、遅からず朝食の準備にも影響が出るだろう。
 毎回役割が分かれているので、常に自分の出番というわけではなかったが、コパッチたちの手伝いを申し出るのは破天荒の日課でもある。下っ端の意地というか、連中だけに任せていては心配だとの独善的な配慮があった。
 早々に型をつけるため、軽い唸り声とともに、ぞんざいな手つきで自身の生身を握った。
 ぐっと瞑った目の裏に、昨日のあの光景が映し出される。
 忌々しげに幾度も舌打ちし、脈打つ物を扱き上げた。
 そして、何度目かもわからない侘びを、胸中に浮かんだ人影に向かって繰り返した。
 おやびん、すみません。
 よもや、敬愛の対象をズリネタにする日が来ようとは。
 確かに、出会いから今まで。その気配がなかったとは言い切れない。
 鮮やかな体色に浮かぶ白い歯が眩しいと思ったし、例え無意味であっても、目をくしゃくしゃにして笑いかけられれば感じるものがある。それが単純な嬉しさや喜悦だけではなく、欲情すら伴っているのだと悟ったのはつい最近のことだ。
 決して自分のものになどなりはしない人を相手に、いつか、ではなく今すぐ手に入れたいと望む本能。願望と呼ぶには、それはあまりに生々しい情感だった。
 しかし、妄想の類いで済めば、何の問題にもならない。
 朝に勃起をしたからといって、自分と首領パッチの間に、越えられぬ溝を生じさせるわけではない。
 こちらが永久にだんまりを続けていれば、絶対に気取らせぬ自信があった。そもそも向こうは、百もいる子分の一人だけに気を向けることなどないような人物なのだから。
 もし外観だけを取って特別視しているのだとしたら、あるいはそれが最初で最後のチャンスなのかもしれない。
 おやびんが、俺を見てくれている。
 視界の端に入れ、認識してくれる。
 破天荒、と、快活な声でこの名を呼んでくれる。
 その光景を想像しただけで、手にした塊が大きく脈打った。
 膨張し、熱量を増す。
 心情の半分は、相手を汚したくないと感じ。その反面、もし、との過程に懸想する。
 渦巻いているのは、どうしてか体内に刻み込まれてしまった、最低な悪循環の図式だった。
 昨日のあれは、それを見越しての行動だとは思わない。
 どんなに歪んだ視点から見ても、首領パッチが性欲に関する駆け引きを習得しているわけがなかった。
 もしかして、も、まさかもない。
 なぜなら、あの人は素でおかしいからだ。
 いや、おかしいのが本来の素顔であるというか、とにかく思考することとは対極に位置する人間だと思う。
 実際に首領パッチは人間という種族には分けられないが、本質が既成概念に囚われない自由なものであると解釈しているからこそ、本心から興味を持ったのだ。
 自分と同じ拉げた方向にではなく、真っ直ぐ伸びた身体のトゲと同様、どこに向かうにしても、その姿勢にはぴんと張った一本の筋が存在している。
 考えれば考えるほど、相手の両極端な側面が浮かぶ。ある一面では、本当にどうしようもない人だと思う部分もある。
 だが一貫して言えるのは、揺らがないことに対する首領パッチの強さに対する信頼だ。
 強大さ、という意味にも捉えられるその言葉は、肉体に備わった優越だけに過ぎないのではない。
 心も体も、それを含めた懐が、視野が。恍惚とするような憧憬を生むのだ。
 純粋さなど微塵もないと認識していたおのれが、その感情を保ち続けられる道理が、最初からゼロであったのかもしれない。
 今更、人界の塵芥で薄汚れた自らの過去や、自分そのものを反省するわけではないが、結局醜態を晒す羽目になったのは、全くの自業自得だった。
 首領パッチに欲情した。
 若しくは、欲情していた。
 二人きりで対面する時も、目線がこちらを捉えている時も。共有する空気を感じている瞬間でさえ。
 この人は自分だけのものなのだと過信していた時点で、抗えない肉欲を抱いていたのだ。
 動揺と苛立ちは、次第に別のものへとすり替わった。
 慣れた手つきで雄を扱き、熱情の渦へと自らを昂らせる。
 その目の裏に浮かぶ首領パッチは、眼前に突きつけられた異物を前に、普段と変わらず嬉しそうに口端を吊り上げ、微笑んでいた。

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