+ ハパチ。 +

03/マサユメ

 元はといえば、ここは今日俺が泊まる場所だったんだよ。
 なのに、いきなりおまえがぶっ倒れて、寝床を譲らなければならなくなった。
 無法者の旅人同士、詳しい事情は聞かないけどよ。
 持ちつ持たれつが旅の常っていうか。
 そんな長い台詞を一気に並べ立てると、ごそごそと敷布団と掛け布団の間に滑り込む。
 煎餅、と言うだけあって、硬い綿布団は丸い体積の共寝者の参入によって、ほとんど浮いたようになってしまった。
 途端に寒さが骨身に染みたが、ぎゅ、と隣の身体に抱きつけば、おう、と迎え入れるように腕を頭に回してくれた。
 どうしよう、こんな。あからさまな、オッケーサインを貰ってしまって。
 あ、にほ、が付くようなことを考えながら、ばくばくする心臓を必死に鎮めようと努力する。とはいえ、それは恰好だけで、理性はそんなことに頓着できるほど手が余っているわけではなかった。
「あ、あの…」
 どきどきしながら、球体の上部にある顔を見上げる。
 小さいけれど形の良い鼻先が、つんと立っているのが好いと思った。
「少し、触っても良いですか…?」
 そうすると、落ち着くんです、とあべこべな言い訳をする。
 子どもがぬいぐるみを抱いて寝るのと似たようなものだと思ったのか、仕方ねえなあ、と尖った眦の人は承諾してくれた。
 千載一遇のチャンス。
 そんな閃きが頭をよぎったほど、自分自身は幼い容姿とは裏腹に、野心と野望と欲望がたくさん詰め込まれた人間として生まれついたようだ。正確には、人型であるというだけだが、一応その部類には入るだろう。欲望を詰め込んでいた、という下り辺りで、真人間とは別の次元の存在だと気づくべきだったかもしれない。
 でも、それも、本当に欲情する対象があってこそだ。普段は歳相応と言えるほど、少し無感動で冷静過ぎるきらいがあるが、そこそこ子どもらしい面がないわけではない。なのに、自身の中の野獣を知ってしまったと言わんばかりに、この人(の股間)を見た瞬間、例えようもない熱風が嵐を巻き起こして眠れる火山を噴火させてしまったのだ。
 こんなのも、運命と言うのだろうか。
 大抵の男は自らの肉欲を良いように解釈するが、それに劣らないほど猛烈な下心が行動を支配する。
 じっくりと、けれど気持ち愛撫を真似ながら、滑らかで無駄のない肌をなぞって行った。円形である上に、三次元の体型をしているので、無駄な部分などあるわけがない。楕円などではなく、数学的に見ても完璧と呼べるほどの、見事な真円の球体だった。間違いなく、俗っぽい視点がなかったとしても、世の数学者たちは彼の緻密に計算され尽くした容姿に惚れ抜いたことだろう。
 間違っても、自分の目が腐っているとは思わない。
 凹凸のない表面を探り、探りながら、何とかしてその指だけが異様に長い面積を下方へ持っていこうとする。
 目指すは、口では言えないところ。行っても良いが、今もよく聞くことがあるのだろうか、放送規制音で掻き消されそうな場所。
 むらむらと欲情する切っ掛けとなった、相手の股間に手を伸ばす。
「……?」
 流石に、二人しかいない手前、察知できないほど鈍くはないのだろう。
 単純な外見をしていても、神経はしっかりと通っているのだろう。ん、と気持ち身体を捩るように身じろぎした。
「何で、そんなとこ触るんだ?」
 少しも意図を理解していない風な、頓狂な声音が耳元に届く。
 近距離で囁かれてでもいるかのように、ぞわっと背筋に悪寒が走った。
 正しくは情欲の火が点った、と表するのが正解だったかもしれないが、あっという間に動悸の激しかった胸が、割れ鐘を叩いているようにがんがんと鳴り響く。
 もっと自身に血の気が多かったら、確実に鼻から鮮血が迸っていただろう。
「す、すみません……」
 小声で、謝罪する。
 けれど、伸ばした手を引っ込める意思など更々ない。
「でも、こうすると、落ち着くんです」
 他人の股座を触り続けることが、精神安定剤になるのだと。
 そんなの、あるわけがないと言い返すのが常識だろうに、押し倒された側は、へえ、と間延びしたような応答を返した。
「そっか」
 そうか、じゃない。
 全然、そうか、で済まされる問題じゃない。
 胸中でツッコミたいという衝動もあるにはあったが、自制心よりも躍動感の塊と化した自我に勝るものはなかった。
「だから、もう少しじっとしていてください」
 俺が、寝付くまで。
 睡魔などすでにあの世の果てよりも遠くにいるというのに、嘘八百が平気で口を吐いた。

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