■ Beyblade ■
長話 ■

 ざわり、と人波がさざめいた。
 車の影から現れた数人の大人たちに守られるようにして、歳の近そうな少年が頭を出したことに目を瞬かせる。大きな金目がぱちぱちとしばたいた。
 黒いスーツに全身を包み、相対するように映える白い布を首に巻いている。邪魔じゃないのだろうかなどと思いつつも、毛色が流行の染め粉で染めてあるのだろうか、見なれない無彩色の波が頭で揺れていた。
 同じく黒服を着こんだ男たちに囲まれて彼が歩いて行く先を見定め、どうやら尋常ならざる連中らしいということに気づき始める。
 生来何の因果か、悪いことに鼻が利くように生まれついている。嫌な匂いがするのを本能的に感じたが、あまり自分たちに関係がないことだといえばそれまでだった。
 仕方ない、か。
 どうにも情が深いのかお節介焼きなのか。この土地の人間が困ることであれば、放っておくわけにも行かない。
 町で一番大きな建物に入っていく後姿を確かめて、雑踏をかき分け、忍び足にあとを追う。様子を探ろうと思ったのだが、ざわりと声がして先ほどの少年が周りの人間の腕を振り払ってこちらに向かってきた。
 驚いて道の脇に身を潜めれば、ずんずんとあからさまに怒りを周囲に撒き散らしながら、強い歩調で前を横切る。隠れている李などに目もくれない。
 目の前で白い風が揺れ、たわみ。上着を脱いで追いすがる護衛たちに後ろ様に投げつけた。
 大きな鈍い光沢を放つ漆黒の鳥が曲線を描かずに、サングラスをかけた面々に両翼を広げて覆い被さる。それに一瞥もなく、肩を晒した黒いインナーだけの姿で、もう一度解けかかった首の布を巻きなおすと来訪の中心人物は颯爽と山の中へ歩いて行った。
 何なんだ、あいつは。
 呆けたようにその光景を見送りつつ、一抹の危機感を察知する。
 今さっき感じていたものとは違う、もっと身近な危険。判断した途端、思わず隠れていた影から立ちあがって後を追っていた。
 不知の者は自然の恐ろしさを知らない。
 如何に彼らが容易なようで難く、気ままであるか。
 ほとんど同化するように生きている李たちにとっては、山全体が我が家のようなものだったが、都会の人間にはただの『敵』でしかない。
 山が、なのか彼らがなのか。その主語は明確ではないが、断言できる。
 勝手にやってきておいて死んでもらっては困るという、彼としては幾分真面目な使命感のもと、足はためらうことなく自分が町へ下りてきた先の道に向かっていた。
 姿はもう緑にまぎれて見えなくなったが、まだそう遠くへは行っていまい。予期せぬ事態に驚きながらも、割と冷静に残された黒服たちは電話でどこかと連絡を取ろうと試みている。
 馬鹿だな。通じるわけがないだろう。
 彼らの使うおもちゃが『電波』とやらを利用しているからくりだということはよく知っている。伊達に人里で遊び呆けている(と仲間内で言われるが)わけではない。その電波とやらがこんなところまで通じるわけがない。だからこそここは李たちにとって住み良い、今だ”未開”の土地なのだ。
 とりあえず不便なのだが、この姿のままで山に入ることにした。
 助けだそうにもけものの姿では腰を抜かして逃げ出されるのがオチだ。
 一見したところ、とてもじゃないがヤワな出来はしていなさそうな風貌だったが、まあ敢えて猛獣ですよ、と正体を晒す必要もないだろう。気を失ってもらった方が、運び出しやすいとの説もあったというのは余談だが。
 日が暮れてしまわないうちにやっつけてしまうか。
 内心、何で俺がと思いながらも、ふと見つけてしまった仏頂面の中の小さな寂しさが気になったのだと自分に言い訳をして、木の枝を掴み、追いつくのに手っ取り早い近道はないかと模索した。
 ただの気のせい、だったかもな。
 苦笑が知らず、頬に浮かんだ。

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