長話
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俺は何をしているんだろうな。 あの暴君振りを思い返すに、さびしげだなどという先刻の自覚も不鮮明なものだったかと次第に疑惑が頭をもたげ始める。 一人前になりきれぬ者の反乱、とでも評すべき三文芝居か。かく言うおのれとてその”半人前”に両足を突っ込んでいるようなものだったが、傍観した側としては大人びた所業だとは到底思えなかった。 振りほどいた彼に追従する連中の顔は困惑というより、予期した事態と言わんばかり。すでに行動を見透かされていたといっていい。 かわいそうに、あいつ。完全に舐められてるぞ。 もともとナリからして”小さき者”に、大の大人を心酔せしめる力はあるまい。よほどの才色豊かな者か、彼らを駆り立てるような思想の持ち主でなければ、サル山のボスよろしく、だ。 さながら道化か。 それをわかっているから、群れからはずれようと試みたのだろうか。 李のすぐ側を通ったからこそ、全身から発される怒りがストレート過ぎてちゃちなものに見えてしまったが。 戦っているということか。 何と、と戦いの対象を問うべき存在もなく、応えなど返ってくるわけがない。苦笑をこぼしながら、葉で顔を切らないよう周囲に気を配りつつ進む。 一度見たら忘れられぬ風貌を目の裏に思い描き。 白い布きれがたなびくその姿を。 緑の中に色素の薄い頭は目立つ。 世にも珍しい白虎の自分を例にしては差し障りがあるだろうが、森の中に”白”の存在など、身体を丸めていなければ獲物に居所が悟られやすい。 美しいとかコントラストがきれいだとかいう人間的な評価など自然の摂理の中ではさして意味がない。雪でも降る頃なら話は別だろうが、人目を引いてしかたがない。結論から言えば自然界ではあまり”好ましくない”目立つ外見の者は、後ろを振り返りもせず、黙々と前進を続けていた。 姿を見定めて、またもや先ほどの思考がよみがえる。 自身の決断力が強いというより、何かに反発したように見受けられて仕方なかった先の行動。 気配を察してもこちらを見向きもしないのが、まるで意固地になっているかのように感じる。 それでも根が無遠慮であることが幸いして、声をかけるのにわずかの躊躇もなかった。 「おい、どこまで行く気だ」 草から覗く岩肌を登っては降り、登っては降りを繰り返すことをものともせず、その後を付いて行きながら台詞を投げかける。 投げて、そのままぼとりと落ちた。わけではなかった。 一瞥され、だがすぐに視線は逸れた。 動作からも背後に何者かがいることをすでに承知していた様子だ。 「おまえには関係ない」 付いて来た者の正体を追求しもせず、文字どおり”我道行了”。 てくてくと、なだらかな傾斜になった道を慣れた足で李は進む。深い森は初心者と思しき相手は、わき目も振らず相変わらず強い調子で前進を続けている。 いよいよ先があやしくなって、あ、と思ったときには口が開いていた。 「その先はおまえには無理だ」 決して、森を知る者を嵩にきた親切ごかしではない。反射的に感じただけだった。 諫言を聞かず無視して進む背中に小さくため息をつく。 確かに、単なる勘でしかなかったが。 はずれたことはない、というより。はずれたときのことは忘れただけの的中率2割弱の野性の勘。 人虎だろう、と言われても、”野性”のパーセンテイジを保証する根拠はどこにもない。 当たれば当たるし、はずれればはずれる。それだけの真理。 草の背が高くなったところで、相手の姿がいきなり消えた。 正しくは、落ちた。首に巻いていた名残の白い羽だけが、宙に残され主の元へと時間差で舞い降りる。 「大丈夫か」 生きてるか?と足元を見下ろす。だから言ったろうと、声音には多少の優越が含まれていた。外れることの多い予想が当たったときの喜悦が若干混在していたのだが。 それをどう受けとめたのか、無言のまま睨み上げる目が紅いことに意表を突かれる。白兎かと錯覚しそうで、完全に異なった力強いもの。 ただ、驚いた本当の理由は別にあった。 やれやれ。 他人を馬鹿にしたら、代償は自分に返るという霊験あらたかな文句を思い出し、反省まじりに手を差し出す。あれだけ威勢良く突き進んでおきながら、草露に足を取られたなど、誰が見ても見っとも良くはなかっただろう。 自覚はあるのか、相手の手を払いのけ、自分の腕で立ちあがった。 まだ温かな外気に晒された上腕が確かな筋肉の隆起を作る。みなぎる自信に裏打ちされているように、子どもながらに相当鍛えてあるらしかった。 青みがかった頭髪と、真紅の眼(まなこ)と堂々とした佇まい。なかなかの貫禄だったが、李にはその手の影響力は皆無に等しい。何しろ同年代と思しき姿では多少迫力に欠ける。その上、他人に媚びへつらう性癖も生憎と持ち合わせてはいないのだから、関心しこそすれ、心に響くものは存在していなかった。 「余計なことだ」 もはや完全に立ちあがった”小覇王”は語る。 予期していた第一声だった。 |
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