■ Beyblade ■
長話 ■

 牙族の村は森にまぎれている。
 例え衛星を使って判別しようとしても山と同化して場所を特定するのは不可能だろう。外からは完全に隠れ、侵入者を拒む。彼らはひっそりと彼ら自身の時を過ごす。
 侵すのは、この世に二つ。天と地だけ。
「ここには大人がいない」
 岩壁を登り終えて道なき道を行く。葉で顔を切らないよう注意を促す。あまりに上腕が剥き出しなので心配だ。もちろん、自分は問題ないというには多少無理があっただろうか。
 先の言葉に視線が傾ぐ。窺う瞳。
「正確に言えば村の長老以外はみんな子どもなんだ」
 なぜ、と目だけが細められた。一応興味はあるようだ。
「俺たちは長生きしない」
 短命なんだ、と真正面を向く。無感動ではないだろうがあまり表情を動かすことを好まない人間が少しなりと興を興すのは無性に嬉しい気分にさせる。カイにはそういう面白みがある。話を終わらせたければそのまま進めば良いだろう。足は言葉と同時に止まっている。
「なぜだ」
 今度は明確な問いかけ。
「さあ、そんなこと俺は知らない」
 肩透かしを食らって、不快な顔が額のあたりに浮かぶ。意地悪をしたつもりはなかったが、こういうのを底意地が悪いと評すのだろうか。なかったことにするつもりなのか、方向転換して突き進む。追いすがるようにわずかに駆け足して横に並んだ。
「なんとなくわかる、気がするけどな」
 横目で窺い、下らん、と告げる。本格的に臍を曲げたらしい。謝りながら顔はほころぶ。
 こんな雰囲気、俺は知らない。
 当たり障りなく仲間たちのリーダーとしてやってきた。目も鼻も利き、皆から慕われた。それは嬉しい。笑ってくれるのは自分の為すことを活かしてくれた証だと思う。厳しい叱責に抵抗するのも、注意したことを真剣に考えてくれているからだとも。もしおのれの存在に大した意味がなかったとしても、人々の和の中にいることは嫌いじゃなかった。
 でも何だろう。無意識に自身を喜ばせてくれるもの。極めて自発的で、奥ゆかしくもない感情。読めるようで読めないやりとりが痛快だ。カイ自身が持つ徳なのだろうか。
 否。カイの徳は他人には感知しづらい。隠していると言ってもいい。見られることを厭う、彼なりの反発か照れがある。そんなものがなくても、顕れなくてもまったく気にならないと思える気持ち。それを覚えたのは偶然なのか。
 つと、声が出る。相手の疑問。
「そんな秘境に俺を入れていいのか?」
 皮肉な光がある。自嘲なのか冷笑なのか。色は読み取れない。
「帰れと言っても帰らなかったのはどいつだ」
 相手の挑発する目線にひるむような性根ではない。睨み返せば、分が悪いと悟ったのか、すぐに逸らされる。悪あがきしない潔さというか、単に頭が良いだけなのか。
「俺がカイを気に入った」
 実直な感想。
「だからいいんだ」
 強引な終止符。
 納得したのか、歩調が幾分おとなしくなった。
 そんなところをかわいいと思うのは不遜だろうか。自然と笑みがこぼれる。前を向くカイの目にはとまらなかったが、見られでもしたら嫌な顔をされるのは明白。無論、嫌味たらしい表情だと自分では思わないし、そのつもりもない。また良くない思いをさせてしまうだろうということは見当がつくのだが、湧き上がる思いを阻むような不躾な性格とは縁がなかった。
 人の思いが本来自発から生じるものであるとすれば、なんて多様な物思いを興させてくれるのだろう。それだけで、とらわれる。興が乗る以上に、もっと内面が見たいと思う。覗かせてほしい、と。このまま外面だけの付き合いでも良いと自覚しながらだ。
 そして今一度、先の自分の台詞を復唱する。カイを気に入ったと明言した言葉を。
 重症かも、な。
 そう、自覚はあるのだ。
 だがそれがすなわち危険を察知したことで『安全』であるとは判じがたい。
 感覚はこうだ。
 手綱を持て余す。
 自分がこぼれる。
 生まれ、出でてくる。

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