■ Beyblade ■
長話 ■

 門をくぐり村の領内に足を踏み入れる。見張りをしている何名かがこちらに気づき、簡単な挨拶を送る。それに短く返礼し、振りかえる。すぐ側まで距離を詰め、耳打ちした。
「おまえの手枷、見られないようにしてくれ」
 手首に触れられるのを避けるようにカイが身じろぐ。
「それを見て良くない思いをする者も多い」
 特に子どもには悪い影響だと示唆する。誰が見ても用途が明らかな戒めの道具を見て見ぬ振りをすることなどできないだろう。一瞬視線に険が混ざり、次いで嘲笑にまぎれた。自身に向けたような、懸念する相手に向けるような。その歪みの具合は殺気すら放っていそうだった。
「これが”俺”だ。俺は俺を偽る気はない」
 腕を振り払う。善意から出た忠告を、王者は拒否した。


「お帰りなさい、レイ」
 先に走り寄ってきたのは少し古い型の電子機器を抱えた大きな眼鏡の少年。人里に買い物をしに行ったはずの者の隣にカイの姿を見定めて不思議な顔をする。見てくれからもこの村には相応しくない黒の佇まい。レザーの光沢がおおよそ仰々しいといった感じだ。誰の趣味かは知らないが、確かに第一印象を悪くする服装ではある。
「キョウジュ、みんなはどこにいる?」
 連れを紹介したいのだが、と付け加えると、納得したのか数回に分けて頷き返した。カイはカイで村に入った途端に周囲を見渡すばかりだ。見知らぬ場所に連れて来られたのだから当然の動作か。
 その中心部。長老の住む屋敷に人を集めるよう頼みこみ、突っ立ったままのカイの手を引いた。
「おまえを村の連中に紹介する。来てくれ」
 取られた手を見つめ、数秒。
「あいつは牙族じゃなさそうだが」
 キョウジュのことか。見るからに自分とは文明が違ってはいる。村の人間が白いワイシャツにネクタイなど着こなすはずがないと考えるのは道理。蛮人らしくない者がまぎれていることに不可解を感じるのも無理はない。
「彼らは俺たちの研究のために滞在している」
 正確には牙族を調査しに、だが。彼ら。実は数名訪れている。特殊な客人が複数、キョウジュという少年とともに。
 返答に対して、極秘じゃないのか、との問い。ここに入れる人間は。この土地は。
「長老が大人じゃなければかまわないと判断した」
「安直だな」
 暗い一言。短く、イントネーションに陰りがある。
「ガキなら安心だと誰が言った?甘ちゃんの論だな」
 腕を組んで堂々と言い放つ。腹を立てているような調子で。なぜそこでカイが怒るのかがわからなかった。
 もしかして。
「もしかして、自分が特別じゃなかったから頭に来たのか?」
 一転。顔にかっと朱が差した。それはもう、見事なまでの一瞬の華。自分の動態視力の有能さに舌を巻きたくなるほど鮮やかに捉えてしまった。それを見たこちらの方が、赤。
「馬鹿か、きさま!」
 怒声を発し、くるりと背を向けて逃げて行く。照れなのか苛立ちなのか、彼が憤慨していることは言わずもがな。
 やれやれ。またしても。
 俺はカイを怒らせることしかしていない気がする。
 故意じゃないんだ。単なる偶然で。弁明するのももはや愚者の類いか。
 諦め半分。後頭部をぼりぼり掻いて、李も同じ方へと向かった。

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