長話
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名前だけを明かす。 それ以外、素性は知らないのだから説明しようがない。 予測程度なら山ほどあったが、どれも本人の口から聞いたわけではない。憶測は本人を目の前に無礼。なら、カイ、の一言で終わる。本当は自分こそ知りたいはずなのに待っている。相手から口を開くのを。 仏頂面で両腕を組む。瞼を閉じ、微動だにしない。やがてその端的な紹介が終わると、そそくさとテントの幕を開け放って出ていってしまった。時間にして始まりから1分にも満たない出来事。然るに、唖然。 長老の屋敷の端にある野外用幕舎。仕事や鍛錬をしていた者を召集しての簡単な臨時の集会となったが、主賓は参加意欲なし。言わずとも態度で知れた。変な奴、と誰かがぼつりと呟く。妥当だったので李は咎めるつもりはない。 なんだあいつ、とあからさまに不可解な表情で立ち上がったのは客人の一人。木ノ宮タカオ。隣には混血にしては珍しい純金髪の少年。そして、興味深そうにぶつぶつ呟いている”キョウジュ”。彼らの集まりに、牙族にまぎれ参加した異郷の者たちだった。唇を歪めて言い放つことといえば。 「挨拶くらいしたっていーだろ」 尤もなことなのだが、主義と思って相手の行動を尊重するのが意外と割りきっているの隣人マックス。 「タカオだって忘れたことあるんじゃナイ?」 寝ぼけ眼で朝、無視されたことがあると揶揄する。そんなことはねえと反論するのを、知り合って間もないというのに見事な口八丁でやり過ごしながら黄頭は微笑む。 「なんだか難しそうなタイプだけど、レイは嬉しそうネ」 回らぬ発音でズバリ図星を言い当てられ、組んでいた腕をはずしていきなり話の矢面に立った顔を上げる。純粋に驚いた。にやついてでもいたのだろうか。おかしい。いつもどおりにしていたはずだ。 思わず自分の頬をつねって確かめる。それがカイの不興の理由なのだとしたら、嬉しくない。いや、あれはカイの地だ。俺のせいなものか。 「”ひわたり”…っていいましたね。まさかあの”火渡”では…」 一人神妙な面持ちのキョウジュは、同じ年頃の子どもたちとは別な興味があるらしい。何にせよ、アクの強い奴だとは思う。誰が見ても、誰が接しても。 「ともかく仲良くしてやってくれ」 あの人格を相手にねんごろに、などとは虫のいい話だったかもしれない。だが連れてきてしまった李の顔を立てる意味で、異論を挟む者はいなかった。 よっしゃー、と勢いをつけて集会所を飛び出した日本人の少年の後ろ頭を見送りながら、マックスが肩を竦める。 「早速仲良くなりに行ったネ」 李も苦笑を禁じ得ない。思い立ったら即実行。明瞭快活は結構なのだが。 「抜け駆けは困るな」 無意識に出た台詞に、誰が一番目を剥いただろう。 「待てよ!」 同郷の発音に前進を続けていた後姿が止まった。頭部だけが傾く。 「何か用か」 不案内であるにも関わらず、まるで目的の場所でもあるかのような強い歩調に思わず呼びとめていた。振り向いた目に宿っているのは、他人に対しての不審。子ども心にもその手のことには敏感だ。特に雑踏にまぎれていないときはいつも。人の思惑に対して大雑把で鈍感だとの評価を受けていたが、感じないのではなくわかっているから吹き飛ばしたいだけだ。そんなことをかっこつけて口に出したとしても、笑い飛ばされるだけだろうが。 思い浮かんだことがすぐさま外へ吐き出される。 「俺、タカオ。おまえも、日本人なのか?」 差し出す手。放置されたまま。 「多分な」 確証の得ない答え。心無い表情。どこかで会った気がするのになあ、と眉をしかめるのだが思い出せない。長い年月を過ごしたわけがないのに、ぽっかり抜け落ちているような錯覚さえ覚える。 年下だとわかっているのか、相手の応対に刺々しさはない。 「それだけか」 顔が再び背けられる。白い布が揺れた。 「あ、ちょっと待ってくれよ」 彼らの時分には、たった1年の差であっても大きなものだ。体格自体に変化があるし、悪くすれば心理状態は大人ほど異なる。なのに物怖じしない性格はやはり生来のものであるらしかった。 「どっかでさ、会ったことねえ?」 あるんじゃないかと思ってさ。 相手は無言。じっと睨みつけてくる目には怪訝な色が濃い。再び伸ばした腕を、今度は間違いなく、はっきりと拒絶された。 鋭い音が空気を打つ。 払い落とされる瞬間。 怒りとともにその白い額に浮かんだのは。 タカオは、しばし赤く腫れ上がった手を掴んで呆然としていた。 |
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