長話
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李がやってきたのはそれから数分も経っていない。 湧き上がってくる雑多な思考に埋め尽くされている少年の姿を視界に捉えて名を呼んだ。そこでようやく我に返ったのか、なんだよあいつ、と一気に憤りが沸いてきたようだ。 「どうした」 怒った足取りですれ違いざま声をかける。恐らくつっけんどんなカイにやりこめられたのだろうと察しは付いた。予期した台詞が耳に痛い。 「あいつ、わけわかんねーの」 言われたこちらこそ、だ。少年の言葉には主語も述語もない。それで理解せよとは無茶な論理だ。不満をぶつけるような口調に一瞬目を大きく見開き、次いで口を歪めた。 「俺だってまだカイのことはわからないのに、おまえにわかるはずはない」 優越ではなく同情。本当に不明瞭なのだ。だが誰に限ってのことではない。自身でさえ確証がないのに、他人のことをとやかく言える立場にはない。少なくともまだこの世に生まれ出でて日が浅い、小さな彼らにとっては。 八つ当たりをしても詮無いとわかっているのか、タカオはそれについてコメントしなかった。結構わかってるじゃないか、な態度である。 「それ、朝食か?」 李が両手に抱えた生野菜やら袋に入った腸詰やらを一瞥して、まだ本調子に戻らぬ口を尖らせる。 「ああ、昨日の夜から何も食べていないからな」 とりあえず掻き集められるだけ腕に抱えて、丁度いい按配の食卓を探している、といった観だ。森で夜を過ごした彼らにとっては随分遅い朝食となったが。 李イコールあいつも。 方程式がつながったのか、だから機嫌悪ぃんだ、と手を打ってタカオが合点した表情を浮かべた。見事に目の前で意気浮上の自己完結をやりおおせ、打って変わった陽気さで、なーんだ、と腕を頭の後ろで組み合わせた。そこには不敵な笑みすら宿し。虫の居所を空腹のせいにされたと知ったら、カイはどんな顔をしただろう。一方通行のみの構造の回路を単純だな、と思う以前に切り替えが素早いと思わせられる。気分屋は子どもの特権というところかと、ただ苦笑が沸き起こるのみ。本当に、たったそれだけでいいのかと問い詰めたいところだった。まあ、それがこの少年の良き処でもあろう。 「少し持って行くか?」 諾諾。二度頷いてあらかた持ち逃げしようとするところを2、3個で押し留める。山分けするカイはそれで良いかもしれなかったが、自分の空腹は常人の倍だ。できることならどんぶり飯を10杯はかっ食らいたいところを、時間外だとの理由から我慢しているのだ。 「でもさ、マジで変なんだぜ?」 別れ際の台詞。タカオはぼつりと本音を洩らした。 「あいつに触ったとき。俺たちみてえに額のとこ、少し光ったんだ」 もぐもぐと口中に瓜の水分を含みながら言い募る。若干聞き取りにくかったが、自分の耳は確かに意味を捉えた。 「そうか、それは…変だな」 他に何とも返答しようがなく。ふと思い浮かんだことは、空腹の腹の虫によって四方へ霧散してしまった。タカオが洩らしたことよりも、早くやせ我慢をしているであろうカイの苦痛を紛らわせてやりたいとの思いが強く。 一緒に飯を食ってまた話せたら。 その間にまた聞き出す機会もあるかもしれない。カイの中にある、カイの何かを。会話という方法でしか実行に移せぬ希望だったとしても、カイの中のものが、少しでも外に出せたら。そしてそれを知るのは、無論自分でありたいという願望。否、欲求。 我執が、本来掴むべきを見誤った。 意図せず、大きく道を外れて。 |
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