長話
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食卓には、もはや数人の影しか残っていなかった。 寝つぶれた者は年長者が運び出し、あとは上座にかたまっている面子だけになっていた。灯りもその部分に合わせて絞られている。 同郷らしい、タカオ、マックス、キョウジュと、そしてカイが顔を突き合せていた。とはいえ、前者2名はすでに卓上で腕を枕に撃沈していたが。 それら二つのこぶを飛び越して、カイとキョウジュの会話が李の目の前を行ったり来たりだ。まさかこの二人がこんなことをしはじめるとは思わなかったので、主賓だった少年の隣に陣取っていた李は、投げかけ返る言葉の先を見比べるのがせいぜいだ。 ちょっと、かなり。そこには疎外感的なものがあったかもしれない。 「貴様らの目的はそれか」 子どもの『自由研究』にしては馬鹿でかいと頬に蒼を塗った威圧者が揶揄する。皮肉な笑いが口元に宿っていた。 まだ、李が目にしたことのなかったもの。 「ええ。私はそれらを”聖獣”、と呼んでいます」 何の事かと首を傾げる。あまり学術的なことを見聞したことはない。歴史なら、一般教養として幼い頃から身につけさせられたが。どうもそれらとも違うらしい。会話の部外者ではなかったが、蚊帳の外にされている李を気遣い、キョウジュが内容を享受してくれた。 というよりも、誰かに説明したくて仕方がなかった観が強い。嬉々とした顔は優越感すら含んで、にんまりと笑いさえ見せる。 「聖獣、というのは、神様が地上で起こす奇跡…というか力を差す”聖霊”が、獣の形を取ったものだと、私は考えているのです」 神様?せいれい? 長い台詞の中に日常では聞きなれない単語を読みとって、もはや李の頭はちんぷんかんぷん。もう少し、初心者にもわかるように言ってほしいものだ。 「プリメーラ、だったな。確か」 肘を突いた片手の甲に顎を乗せ、理解できるらしいカイが注釈をつける。言い方を変えたところで、何を言われているのかさっぱり飲みこめない。 少年の呟きに合いの手を打ち、そうですそうですと何度も頷く。ともに来村したメンバーでは、キョウジュを満足させるだけの高等な議論をする相手にはならなかったらしい。一応マックスの母親は研究チームに所属していたが、彼自身は興味のあることではなかったようだ。有り余る想像力を発散できぬ鬱憤が溜まり溜まって、彼をいつも以上に饒舌にしているらしかった。どこで手に入れたのか、キョウジュの言を飲みこめるだけの知識を備えているらしいカイを前に、熱弁にも力が入る。確かに、子ども子どもしているタカオたちなどの相手をしていたら、いつまで経っても有り余る探求欲と知り得た見識を披露することなく、襲い来るストレスの餌食になっていただろう。その点は同情するが。 それでも、あまり。なんというか。 カイを一人占めするのは、好かない。 「おまえたちが持っている力のことか?」 おおよそ当たりを付けて水を向ければ、前髪で厚く覆われた顔面を突き出して眼前に指を立てる。”O”の口で、そのとおりです、と付け加える。 いつもとろいと言われるキョウジュの動作が俊敏すぎて、反動で卓をひっくり返さないかと、内心ひやっとしてしまうほどの常にはない勢いだった。 やれやれ、と苦笑いが脳裏を掠める。 このノリには、どうやらついて行けそうにない。 「力?」 カイが怪訝に瞼を上げる。食後の茶を口に運びつつ、一瞥。 「何を隠そう、タカオは青龍。マックスは玄武の聖獣を持っているのです…!」 飛び出したのは、太古、四方を司るとされた神獣の名。 まるで我が事のように胸を張る様は、もはや唖然とする他なく。ただ、李はそのことを少しは耳にしていたために、改めて驚く事柄ではなかった。なぜ”聖獣使い”なる者が存在しているのか。それを解き明かすために彼らがここに来たことは、長老からも聞かされている。そして、自分のことも彼らによって少しはわかるかもしれない、と説かれた。根拠は、まだなんとなくしかわからなかったが。 「しかも、レイは”白虎”です。四方の聖獣が既に3つも揃っているのですよ!」 カイの苦笑が、またひときわ深くなった。 そう、李には映った。見えた、だけかもしれない。 「東洋の信仰が、そのまま当てはまるとでもいうのか?」 口調に侮蔑を隠すことは出来ない。大体”聖霊”を神の御業と定義するなら、その”神”とは何者を指すのか。西洋の唯一神か、中東の神か、それとも東洋に数多いる神々のことか。恐らく、この場合は未知なる、特定できない何らかの存在を指しているのだろう。神学者の担当だな、とカイは嘲笑った。存外『切れる』目の前の少年に、キョウジュは思わず反論の機会を失した。 それでも、自身の見解は捻じ曲げない。 「ですが偶然にもこの3体の聖獣が揃っているということは、恐らく世界のどこかに、”朱雀”の力を持つ者もいると推測できることで」 じ、と視線が止まる。カイの上で。 思わずつられて、キョウジュの様に倣った。 浮かび上がる、緋の双眸。 「私はそれが、あなたではないかと踏んでいるのですが」 事実無根。発言の根拠など、なきに等しいただの直感だと示唆してはいたが。そういえば、思い出した。タカオが確か、何か言っていた気がする。カイのことを。額がどうの、と。 「何とも答えられない質問だな」 カイは濁した。否定も肯定もなく。 凝視がさらに集中する。その目元、口元、胸元に。 やがてそこから、低い声音が洩れる。 「俺はそれを捨てた。…これ以上は聞くな」 がたりと椅子を立ちあがり、迷いもなく颯爽と背を向けた。 呆然と卓に就く二人は、互いの顔を見合わせることなく、流れ出た風が治まるまで、後姿を見つめ続けた。 白い羽は、すでに目の前に残像すら残さない。 |
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